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動画で紹介! プロレス/格闘技 今日は何の日?

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1/31 プロレス/格闘技 今日は何の日? 中西/後藤 vs 中邑/将斗 他



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バトルロイヤル

 2011/1/31

プロレス/格闘技 ニュース

Sportsnavi
nikkansports.com
スポニチ
東スポ
  • 背後から剛腕一閃!小島が真壁を破りIWGPヘビー級王座挑戦権獲得
  • 新日視察のGHCヘビー級王者・杉浦はV9戦にバーナードを指名
  • ドラゲー米国遠征で快挙!YAMATOがUSA王座奪取
  • 健介がデビュー25周年大会で9年ぶり第1試合出場
  • 東郷がKOーD王座統一/TAJIRIがKUSHIDAを新日へ無期限派遣
デイリースポーツ
格闘技WEB
マガジンGBR
リアルライブ
 バトル・ニュース  




今日のYouTube追加動画

 
NOAH
2011/1/23
アクロス福岡

THE FIRST NAVIGATION 2011

平柳vs志賀

雅央/マルビンvs金丸/ヨネ

高山/佐野vsKENTA/石森/2/2

杉浦vs青木

秋山/丸藤/谷口vs健介/中嶋/宮原/2/2

森嶋/吉江vs斎藤/相島

潮崎/鼓太郎/小川vsバイソン/エドワーズ/フィッシュ/2/2

旧UWF
1984/12/5
後楽園ホール

スーパータイガーvs藤原喜昭

NJPW
2004/12/12

IWGP
佐々木健介vs天山広吉/2/3/3/3

CMLL
2006/6/14

Dark Angel vs. Amapola

CMLL
2007/9/28

Blue Panther vs El Hijo del Perro Aguayo vs Villano V vs Dr. Wagner Jr. vs Ultimo Guerrero vs Mistico vs Atlantis vs El Hijo del Lizmark/2/3/3/3

CMLL
200/7/25

ミスティコvsペロ・アグアヨ/2/2

大阪プロレス
『京都寄席6』~男たちの京都~
政宗自主興行「迎撃の陣」
「くいしんぼう仮面 自己満足興行」


NJPW
レッスルキングダムV 3D映画告知

NJPW
2011/1/29
ニューサンピア栃木

井上/トンガvs邪道/外道

中西学&ストロングマン&金本浩二vs-ジャイアント・バーナード&カール・アンダーソン&獣神サンダー・ライガー

真壁刀義/プリンス・デヴィット/田口-隆祐vs小島/NOSAWA論外/タイチ

IGF
2010/9/25

IGF Genome 13 9.25.10 music video

Chikara
2003/10/18

Chikara International Invasion of The International Invaders 10.18.03 music video





動画で紹介!
プロレス/格闘技 今日は何の日?



CIRCUIT 2010 NEW JAPAN ISM - Day 4

中西/後藤 vs 中邑/将斗

2010/1/31
ディファ有明



2/2


岡田かずちか送別マッチ
岡田 vs 棚橋
/2/2

裕二郎 内藤 田口 ディビッド vs バーナード アンダーソン 矢野 石井/2/2

飯伏 オメガ vs 邪道 外道/2/2

永田 井上 vs 飯塚 TAJIRI/2/2

真壁 本間 vs 本田 志賀

金本 吉橋 タイチ vs タイガー サムライ マシン/2/2

 



DVD/ビデオの紹介!
プロレス/格闘技 今日は何の日?


 

ジュニア・ヘビー級列伝 6
ジュニア・ヘビー級列伝6
1990/1/31
大阪府立体育館

獣神サンダーライガーvs佐野直喜

獣神サンダー獣神サンダー・ライガースペシャル
Best Bout 10
獣神サンダーライガースペシャル

獣神サンダーライガーvs佐野直喜

最強!マスクマン烈伝
Vol.1
最強!マスクマン烈伝

 
獣神サンダーライガーvs佐野直喜 

1993
新春後楽園決戦
新春後楽園決戦
1993/1/31
後楽園ホール


川田利明/小橋健太vs田上明/渕正信
テリー・ゴディ/ステーブ・ウイリアムス/リチャード・スリンガー
スタン・ハンセン/ジョニー・エース/バリー・フォロウイッツ

闘龍門
闘龍門 日本上陸
1999/1/31
後楽園ホール

旗揚げ戦

King Of Dragon Japan
マグナムTOKYO/ドラゴン・キッド/SAITOvs
シーマ・ノブナガ/ジュードー・スワ/スモウ・フジ
ケンドー/スペル・ノバvs
ドクトル・セレブロ/ボンベロ・インフェルナル
ストーカー市川vs多留嘉一
望月享vs新井健一郎
神田裕之vs堀口元気


ZERO1-MAXIMPACT
VOL.5
ZERO1-MAXIMPACT 5
2004/1/31
ディファ有明


スティーブ・コリノvsMASA TANAKA
フランキーvsLOWKIvsレオナルド
ハシフ・カーンvsマグマ・ザ・キラウエア

 
WAVE マニアックス 1
WAVE マニアックス
2010/1/31


NAGOYA・チャレンジWAVE
渋谷シュウ vs 豊田真奈美
NAGOYA・プレミアムWAVE~THREE-GAME MATCH
GAMI&桜花由美&闘牛・空 vs 植松寿絵&加藤園子&広田さくら




番外編
プロレス/格闘技今日は何の日?


NJPW
1986/1/31
古河市立体育館

アントニオ猪木vsマッドマックス1号・KYワカマツ

藤波 辰巳/木村 健吾vsケビン・V・エリック/トニー・セントクレアー

前田日明vs木戸修

AJPW
1987/1/31
八戸市体育館

タイガー・ジェット・シン/阿修羅・原 vs ザ・グレート・カブキ/輪島大士

AJPW
1993/1/31
後楽園ホール

菊地毅 vs 小川良成

AJPW
2000/1/31
後楽園ホール

三沢光晴/小橋健太/秋山準 vs スタン・ハンセン/田上明/大森隆男 

時間差バトルロイヤル

川田利明 vs 泉田純

本田多聞/井上雅央 vs 高山善廣/垣原賢人

NJPW
2002/1/31

武藤敬司、小島聡、ケンドー・カシンの3選手とフロントスタッフ5人が新日本を退団し全日本に移籍。

NJPW
2005/1/31

柴田勝頼が新日本プロレスを退団。BIG MOUTH LOUD所属となった。

 
NJPW
2008/1/31
エル・サムライが新日本を退団し、フリーに。
NJPW
2009/1/31

田中稔が新日本を退団し、フリーに。
2009/2/6 AJPW後楽園ホールに突如乱入

J-NETWORK
2010/1/31
新宿FACE 

J-GIRLS Catch The stone~5

キックVS総合格闘技 アトム級契約 2分3R
丸中雅恵(ワイズスポーツ/キック) vs
関友紀子(フリー/総合格闘技)

キックVS総合格闘技 2分3R ※契約体重調整中
アルフレッドソン・モニカ(スウェーデン/DRAGON/キック)vs
ローラジャンジラ(ジャンジラジム/総合格闘技) 

52キロ契約 2分3R
MITSUKI(DRAGON GYM/フライ級7位)vs
マドリーヌ・フェニックス(PHOENIX)

アトム級契約 2分3R
奥村ユカ(S-KEEP)vs
yu-kid(レグルス池袋)

バンタム級(53.52kg以下)契約 サバイバルマッチ1
正木純子(Hilltop/同級4位)vs
陣内まどか(Black Pug)

キックVS総合格闘技 ライト級 2分3R
超弁慶(ガムランナック/総合格闘技)vs
ノック(APKF/エスジム/キック)

WWE
2010/1/31
フィリップス・アリーナ
第22回 ロイヤル・ランブル




プロレス/格闘技
今日のテレビ放送/出演


G+  19;30
NOAH di コロッセオ #435
1.15大阪府立 GHCヘビー 杉浦貴 vs バイソンスミス秋山復帰戦 秋山、齋藤 vs 潮場サ、谷口

 
サムライTV 22:00
Sアリーナ
2011年1月31日(月)号

<ニュース>
●日曜開催の注目大会をニュースフラッシュ

23:00
LEGEND THE PRO-WRESTLING
2011/1/10 後楽園ホール
●藤波辰爾×長州力
●初代タイガーマスク&AKIRA
×獣神T・ライガー&ウルティモ・ドラゴン

J-SOPRTS 22:00
スマックダウン #596
●Rトゥルース vs アルベルト・デル・リオ
●ベス・フェニックス vs レイラ
●レイ・ミステリオ vs コーディ・ローデス
●コフィ・キングストン vs ジャック・スワガー
●トレント・バレッタ vs ドリュー・マッキンタイア
●エッジ vs ???

USTREAM 23:00 
チェリーの"さくらんぼ狩りナイト!"

 
GAORA 23:30 
B-BANQUET #284

2011新春シャイニング・シリーズ~開幕戦~ 
1.2後楽園ホール(1)

◆シングルマッチ~征矢匠デビュー戦~ 30分1本勝負
征矢 学 vs 征矢 匠
◆タッグマッチ 30分1本勝負
近藤修司&大和ヒロシ vs MAZADA&スーパー・ヘイト
◆世界ジュニア・ヘビー級選手権試合 60分1本勝負
カズ・ハヤシ vs 稔





プロレス/格闘技
今日のバースデイ / 忌日


エル・ヒガンテ
El Gigante
1966/1/31 -
2010/9/22

ホルへ・ゴンサレスJorge Gonz醇@lez、アルゼンチンのフォルモサ州エル・コロラド出身のプロレスラー。

WWFにおけるジャイアント・ゴンザレスGiant Gonzales)のリングネームでも知られる。日本では、大巨人アンドレ・ザ・ジャイアントを超える長身から「超巨人」、またプリモ・カルネラのニックネーム「動くアルプス」にあやかり、南アメリカ出身であることから「動くアンデス」などの異名で呼ばれた。

来歴

母国アルゼンチンでは歴代最高の身長を持つバスケットボール選手として活躍。ナショナル選抜チームに所属し、1986年のFIBA世界選手権にも出場した。1988年、NBAドラフトの第3巡でアトランタ・ホークスに指名されるが、NBAのレベルに達することができずに廃業。ホークスと同じくテッド・ターナーが所有していたWCWのジム・ハード副社長およびジム・ロスのスカウトにより、プロレスラーに転向することとなった。

当時WCWのブッカーでもあったヒロ・マツダのもとでトレーニングを積み、1990年5月のPPV "Capital Combat" にてファンの前で紹介された後、同年7/7にメリーランド州ボルチモアで開催された『グレート・アメリカン・バッシュ'90』にてデビューを果たす。スペイン語で「ザ・ジャイアント」を意味するエル・ヒガンテをリングネームに、当日はポール・オーンドーフ&ジャンクヤード・ドッグとのトリオでフォー・ホースメン(アーン・アンダーソン、シッド・ビシャス、バリー・ウインダム)と対戦した。WCWではデビュー以来ベビーフェイスのポジションで活動し、アンドレ・ザ・ジャイアント以上の巨人レスラーとして注目を集め、1991年は2月から6月にかけてリック・フレアーのNWA世界ヘビー級王座に再三挑戦している。

1991/3/21には新日本プロレスの東京ドーム大会『'91スターケードin闘強導夢』に初来日、ビッグ・キャット・ヒューズを一蹴した。以降も新日本プロレスに特別参加の扱いで度々参戦し、同年8月の再来日では獣神サンダー・ライガーと凸凹タッグを結成。1992/1/4の東京ドーム大会ではビッグバン・ベイダーと対戦している。

1993年、ジャイアント・ゴンザレスと改名してWWFに移籍。ハービー・ウィップルマンをマネージャーに付けてヒールに転向し、1/24の『ロイヤルランブル'93』のランブル戦に筋肉柄の全身タイツという異様なコスチュームで乱入、ジ・アンダーテイカーを急襲した。以後、アンダーテイカーとの抗争アングルが展開され、4/4の『レッスルマニアIX』ではクロロホルムを使ってアンダーテイカーを昏睡状態にさせた。しかし、8/30の『サマースラム'93』での決着戦でアンダーテイカーに敗れ、試合後にウィップルマンと決別してベビーフェイスに転向。その後はアダム・ボムとの抗争が予定されていたが、10月にWWFを離脱した。

WWF退団後はリングネームをエル・ヒガンテに戻し、1994/5/1、新日本プロレスの福岡ドーム大会に来日して安田忠夫に勝利。以降は日本を主戦場とし、1995/2/8には仙台でグレート・ムタと対戦した。同年12月はWARに参戦し、北尾光司とのタッグや天龍源一郎との対決も実現した。

翌1996年、坐骨神経痛により引退し、アルゼンチンに帰国。近年は糖尿病との闘病を続け、車椅子での生活を送っていた。2010年9月22日、サン・マルティンの病院にて死去。享年44歳。

謙吾
1976/1/31

日本の元総合格闘家。本名は渡部 謙吾(わたなべ けんご)。埼玉県越谷市出身。

2000/9/24のジョー・チャールズ戦からリングネームを本名である「渡部謙吾」から「謙吾」に変更した。

来歴

ラグビー

埼玉県立草加高等学校出身。草加高校時代はラグビー県選抜メンバーとして国体に出場。また日本代表メンバーとしてニュージーランド遠征も経験。進学した大東文化大学ラグビー部では1年生でレギュラーとなり、2年生の時には関東大学ラグビーリーグ戦グループで優勝。4年生では主将となり、1997年には関東大学ラグビーリーグ戦グループベストフィフティーンにも選ばれた。この頃、明治大学ラグビー部に所属し後にプロレスラーとなった鈴木健想とも対戦歴がある。

総合格闘技

1998年1月、パンクラスに入団。東京道場所属となる。同年9月、パンクラス旗揚げ5周年記念興行日本武道館大会でプロデビュー。対戦相手は、元パンクラス王者のバス・ルッテンだった。

パンクラスでは比較的大型の選手だったが、線が細く、如何せん外国人には骨格・パワーで大きく劣るため目立った結果を残せなかった。また、前述の線の細さもあってかDEEP2001でのドス・カラス・ジュニア戦など怪我が多いことも難点である。

2003/5/2、新日本プロレスでLYOTOとULTIMATE CRASHルールで対戦。5分3Rを戦い抜き、判定負け。

2003/8/6、パンクラスism所属のまま、アメリカ合衆国ラスベガスにあるジョン・ルイスの道場で武者修行を行うことになったと発表。ケージでの練習を中心に行うことになった。

2003/11/2、アメリカ合衆国サンディエゴで行われたKOTC 30に参戦。ウェイド・シップと対戦するも、パウンドによりTKO負け。

2005/8/22、アメリカ合衆国ロサンゼルスを拠点に活動することになったと発表した。パンクラスは謙吾との契約を同日付けで凍結。

2006/4/29、K-1ラスベガス大会のトーナメント戦に出場した。謙吾にとっては初の立ち技での試合であったが開始40秒でゲーリー・グッドリッジにKO負けを喫した。

2008年6月、引退を発表。

その他

2005年には映画「あずみ2 Death or Love」に主人公・あずみ(上戸彩)の前に立ちふさがる真田幸村からの刺客、上野甲賀衆の一人・六波(ろっぱ)役として出演した。

戦績
24試合8勝13負3分

パンクラスビデオ紹介

ジャイアント馬場
1938/1/23 - 1999/1/31

日本のプロレスラー、プロ野球選手、タレント。本名は馬場 正平。全日本プロレス代表取締役社長・会長、NWA第一副会長を歴任した。

血液型O型。身長209cm、体重135kg。リングネームは、初渡米武者修行中の1961年、ニューヨークのプロモーターであったビンス・マクマホン・シニアが「ババ・ザ・ジャイアント」と命名したことに由来する。

日本プロレス界史上最大の巨体を持ち、力道山、アントニオ猪木と並ぶビッグネームでもあり、CMやテレビ番組などでも人気を博した。 現役時代NWA世界ヘビー級王座に3度就いた。

プロ野球選手時代

新潟県の三条実業高校野球部出身。在学中の1955年にスカウトされ、中退してプロ野球・読売ジャイアンツに投手として入団する。背番号は59(本人は『剛球』投手の意味だと解釈していたという)。新潟県第1号のプロ野球選手だったということもあり、将来を嘱望されていた。長嶋茂雄とは、「馬場ちゃん」と呼ばれるほどの親友であり(プロ入りは馬場のほうが先だが、年齢は長嶋のほうが上)、長嶋がジャイアンツに入団して初めてキャッチボールをした相手は馬場である。また、王貞治の新人時代、キャンプで馬場が打撃投手を務め、角度のある速球に王がてこずり「これがプロか」と思ったエピソードもプロレススーパースター列伝ほか複数の著書で紹介されている。

1959年オフ、二軍では最優秀投手を取るほどだったのにもかかわらず、巨人を自由契約になり(一軍での通算成績は3試合0勝1敗、防御率1.29。唯一責任投手となった1敗は杉下茂の200勝達成試合でのもの)、1960年、大洋ホエールズの練習生としてキャンプに参加した際、採用内定は出ていたものの、宿舎の風呂場で転倒して左ひじ軟骨を傷め、野球を断念し、現役を引退した。

プロレスラーへ

1960年4月には日本プロレスへ入団、力道山の元に弟子入り。同年9/30デビュー。その後何度かアメリカに渡り、数々のタイトルに挑戦する。

修行時代に馬場は、「練習生はジムに住み込み、基本的にノーギャラ」というのを知らず、力道山に「(給料は)幾らですか?」と単刀直入に聞き、「巨人時代は幾ら貰ってたんだ?」「5万です」「よし5万だ」で話はまとまった。もっとも、翌月には「試合もしてねえのに5万は高すぎる。3万だ」と値切られたという。ただ、道場にはアパートから通っていた。また、修行時代にヒンズースクワットで、床に垂れた汗で水溜りができたという伝説も残っている(これに負けじと、アントニオ猪木も一緒にスクワットをし、汗の水溜りが出来たという)。当時は脚力も強く、逆エビ固めをかけようとする相手レスラーを、力だけで跳ね返した。

新人時代にはアントニオ猪木と16回対戦し馬場の16勝0敗。決まり手は猪木よりも身長が高いことを利用したフルネルソンが多い。馬場は猪木との戦歴を自ら話そうとはしなかった。

アメリカ時代のリング名は、当初は本名の馬場正平(ショーヘイ・ババ)であったが、「フランケンシュタイン・ババ」、「ビッグ・ババ」、「ババ・ザ・ジャイアント」など様々なリングネームがあった。アメリカでは、大舞台でのメインイベントの試合も多く、当時は大変な知名度があったとされる(そのため、『日本人として初めてアメリカで成功したレスラー』と言われている)。アメリカではヒールとして活躍し、米レスリング専門誌『レスリング・レビュー』では、生傷男ブルーザー、殺人狂コワルスキー、東洋の悪魔ババとして、世界三大悪党と並び称されるようになった。アメリカでの師匠は、フレッド・アトキンス。

若手時代の海外遠征では、プロモーターの意志に従い、アメリカの都心でも着流しに草履という格好で通した。しかしまだ有名になる前、テキサス州の田舎街のレストランにその格好で入ろうとした際、店の用心棒から「東洋人のくるところじゃない」と一喝され、足元にピストルで射撃されたこともあるという。

また、馬場は飲み屋へ出かけると少ない手持ちの金を使いジュークボックスの中に唯一入っていた日本の楽曲、坂本九の「SUKIYAKI(上を向いて歩こう)」を流していたという。後年、全日本プロレスの試合会場で、全試合終了後に同曲が流されるようになったのはこれに由来する。またニューヨークには当時珍しかった日本人が営業しているカレー屋があり、そこを訪れてはカレーをご馳走になったり、店主と遊びに行ったりしていたという。

1962/8/31、オハイオ州コロンバスにおいて、ビル・ミラーとカール・ゴッチが、当時のNWA世界ヘビー級王者バディ・ロジャースと控え室でトラブルを起こし、試合を控えていたロジャーズが負傷欠場。対戦相手の馬場が一時NWA王者となったが、結局、馬場はタイトルを返上した。なお、レコードとしては認められていない。

1963年 力道山が死去し、遠征中のアメリカから帰国。その際、マネージャーだったグレート・東郷から、「力道山死後の日本プロレスは先行きが怪しい、高額の年俸(当時の額で1億円弱)を保障するのでアメリカに定住するように」と勧められたが、金銭の問題ではないからと断り帰国している。それ以外にも、アメリカでの生活で売れっ子だったレスラーが怪我をして試合が出来なくなり、何の保障もないまま生活苦へ陥る姿も見ているので、いくら高額の年俸を稼いでも同じようになった時のことを考えて断ったという理由もあった。

1964年2月にはNWA(ルー・テーズ)、WWWF(ブルーノ・サンマルチノ)、WWA(フレッド・ブラッシー)の三大世界王者に連続挑戦した。

帰国後の馬場は力道山に代わるスターとして期待され、1965年インターナショナル・ヘビー級王座を獲得し、豊登に代わって日本プロレスのエースとなる。テーズ、サンマルチノ、ジン・キニスキー、ボボ・ブラジル、クラッシャー・リソワスキーなどの強豪レスラーとのインター防衛戦でエースの重責を果たし、1972年の離脱まで日本プロレスのトップに君臨した。タッグマッチでも、吉村道明との名コンビ、坂口征二と組んだ東京タワーズ、さらにはアントニオ猪木とのBI砲タッグでインターナショナル・タッグ王座を獲得するなどの活躍を見せた。

全日本プロレス時代

1972年10月に日本テレビの後押しで全日本プロレスを旗揚げした。

創立1年強の1974年1月には早くもジャック・ブリスコ、ハーリー・レイス、ドリー・ファンク・ジュニアとNWAの現・前・元王者を招聘し、日本陣営の馬場本人や鶴田、ザ・デストロイヤーとの組み合わせが展開された。同年12月、ジャック・ブリスコを破って、当時世界で最も権威があるとされたNWA世界ヘビー級王座をアジア人として初めて獲得した。1979年と1980年にもハーリー・レイスを破って獲得している。ただし、いずれも翌週の再戦で前王者に敗れ王座を失っている。

1979/8/26、日本武道館にて行われた「プロレス夢のオールスター戦」にて、アントニオ猪木と一夜限りのBI砲復活を果たし、アブドーラ・ザ・ブッチャー、タイガー・ジェット・シン組と対戦した。

1980年4月、ザ・シークを相手に通算3000試合目を達成。デビューから丸20年目だった。記者から後に知らされ、「最初から分かっていれば、まともな相手を選んでいた」とコメント。直後の、1981年1月には「ジャイアント馬場3000試合連続出場突破記念試合」を開催し、バーン・ガニアとの間で自身の保持するPWFヘビー級王座とガニアの保持するAWA世界ヘビー級王座のダブルタイトルマッチを行う。結果は3本勝負で行われ1-1のドローで両者王座防衛。

1981年12月、世界最強タッグ決定リーグ戦の最終戦において、ブルーザー・ブロディ・ジミー・スヌーカチームのセコンドとして登場したスタン・ハンセンが、試合後、ザ・ファンクスのテリー・ファンクとの乱闘を繰り広げたことから、急遽馬場らが乱入しハンセンとの遺恨勃発。1982年2月に行われたPWFヘビー級選手権試合で直接対決をし、死闘を繰り広げたが、両者リングアウトによる引き分けとなった。

1984年4月、ハンセン・ブロディ組のツープラトン・パイルドライバーで首を痛めて次の試合を欠場、デビュー以来3000試合以上続いた連続無欠場記録がストップ。

1985年7月、スタン・ハンセンに敗北し、PWFヘビー級王座から転落したのをきっかけにタイトル戦線から退いた後は、社長業やタレント業に比重を移しながらも義弟を自認するラッシャー木村や百田光雄とファミリー軍団を結成し、悪役商会との抗争を開始し、前座で明るく楽しいプロレスを展開し多くのファンを楽しませ、最後の試合が行われた1998/12/5までリングに上がり続けた。

生涯で通算5769試合を行った。

闘病生活と、その死

1999/1/31、東京医科大学病院にて、大腸癌(上行結腸腺癌)の肝転移による肝不全により死去。61歳没。戒名は「顕峰院法正日剛大居士」。

妻の馬場元子の意向により外部には馬場の病状やその生命が危ないことを一切漏らしておらず、当時全日本プロレス役員だったジャンボ鶴田やエースでマッチメイカーの三沢光晴、全日本の重鎮だったジョー樋口にさえもそのことを知らせていなかった。馬場の最期を看取ったのも元子、姪の馬場幸子(全日本プロレス取締役)、実姉のほか、レフェリーで運転手の和田京平と秘書の仲田龍の5人だけであった。

死後

1999/4/17に日本武道館でファン葬が催され、3万8000人が参加した。

同年5/2東京ドーム興行にて「引退記念試合」を行う。スタン・ハンセンを先導にかつてのライバルや盟友が登場。「マッチメイク」はジャイアント馬場、ザ・デストロイヤー組対ブルーノ・サンマルチノ、ジン・キニスキー組の時間無制限一本勝負で、当時PWF会長のロード・ブレアースが立会人、ジョー樋口が特別レフェリーをそれぞれ務めた。

リングアナウンサー仲田龍が涙声で馬場に対する最後のコールを行うなど、セレモニーはあくまでも「試合」として扱われた。ゲストからのメッセージで、キニスキーは「偉大なスポーツマン、アスリート、本物のプロフェッショナル・レスラーだった。あなたと日米で闘えて誇りに思う」と、またサンマルチノは「あなたは体だけでなく心もジャイアントだった」と称えた。さらにパートナーのデストロイヤーは日本語で「社長、ほんとうにお疲れさまでした」と深々と頭を下げ、会場中の涙を誘った。追悼の10カウントゴングが鳴らされた後、リング中央に置かれた愛用のシューズをデストロイヤーがつかんだ瞬間に、実況を担当した日本テレビ放送網の平川健太郎は、「デストロイヤーが、いま馬場とがっちりと握手を交わしました。共にリングを去ります馬場とデストロイヤーです」「プロ野球・巨人軍のエースを夢見たかつての少年が、レスラーとして選んだ最後のリングは東京ドームでした」とコメントした。

記録

主な戦績

  • 1960/9/30、田中米太郎とのシングル戦でデビュー、股さきで勝利。
  • 1961/5/25、猪木寛至(後のアントニオ猪木)と初対決、フルネルソンで勝利。
  • 1964/5/29、豊登とタッグを組み、ジン・キニスキー、カリプス・ハリケーンと対戦し勝利。アジアタッグ選手権王者に就く(初のタイトル奪取)。
  • 1965/11/24、ディック・ザ・ブルーザーと対戦し勝利。インターナショナル・ヘビー級王座を獲得。
  • 1966/11/5、吉村道明と組んでフリッツ・フォン・ゲーリング&マイク・パドーシス組を破りインターナショナル・タッグ王座を奪取。
  • 1967/10/31、アントニオ猪木と組み、ターザン・タイラー、ビル・ワット組と対戦し勝利。インターナショナル・タッグ選手権を奪回(BI砲初タイトル)。
  • 1968/6/27、ボボ・ブラジルを三十二文ドロップキック三連発で破り、2日前に奪われたインターナショナル王座を奪還。
  • 1971/12/7、アントニオ猪木とタッグを組んでの最後のタイトル戦。ドリー・ファンク・ジュニア、テリー・ファンク組に敗れる。
  • 1973/2/27、ボボ・ブラジルを破り世界ヘビー級争覇戦8勝2引き分けの成績で初代PWF世界ヘビー級王者(後に「世界」を外してPWFヘビー級王座に改称)に認定される。
  • 1973/10/9、ジャンボ鶴田との初タッグ。ドリー・ファンク・ジュニア、テリー・ファンク組の持つインターナショナル・タッグ王座に挑戦したが、引き分けて奪取ならず。
  • 1974/12/2、ジャック・ブリスコと対戦。60分3本勝負、2-1でブリスコを下し、NWA世界ヘビー級王座を獲得。日本人選手初。
  • 1979/10/31、ハーリー・レイスと対戦。60分1本勝負、1-0でレイスを下し、NWA世界ヘビー級王座に再度就く。
  • 1980/9/4、ハーリー・レイスと対戦。60分1本勝負、1-0でレイスを下し、NWA世界ヘビー級王座に三度就く。
  • 1982/2/4、初めてスタン・ハンセンとPWF王者をかけて闘う。両者反則に終わるが健在ぶりを示した。
  • 1984/7/31、蔵前国技館。前年ハンセンに奪還されたPWF王座をスモールパッケージホールドの技能技でハンセンから奪還。
  • 1985/7/30、福岡スポーツセンター。スタン・ハンセンと対戦。60分1本勝負、0-1でハンセンに敗れPWFヘビー級王座から陥落。これを最後にタイトル争いの第一線から撤退。
  • 1990/4/13、アンドレ・ザ・ジャイアントとの大巨人コンビが実現。東京ドームでの日米レスリングサミットでデモリッションを破る。
  • 1994/3/5、「夢のカード」と題して、長年のライバルスタン・ハンセンとタッグを組み、三沢光晴・小橋健太組と対戦。10年ぶりに日本武道館でのメインイベントに登場。三沢にフォールを喫するも、大きな感動をファンに与えた。
  • 1998/1/23、後楽園ホールメインイベント。同日60歳の誕生日を迎えたことを記念しての「還暦宣言特別試合」。三沢光晴、マウナケア・モスマンと組み、小橋健太、川田利明、渕正信組と対戦。得意技のランニング・ネックブリーカー・ドロップで渕からフォールを奪い、現役レスラーとしての健在ぶりをアピールした。試合後のインタビューにて徳光和夫が差し出すマイクを前に「子どもの頃は60歳といったらずいぶん年寄りだなとも思ったが、自分がなってみたら『何だまだやれるじゃないか』」と答える。
  • 1998/12/5、日本武道館でラッシャー木村、百田光雄と組んで渕正信、永源遙、菊地毅組と対戦。これが生涯最後の試合となった。

獲得タイトル

  • NWA世界ヘビー級王座…第49代(防衛1回)、第55代(防衛1回)、第57代(防衛0回)
  • インターナショナル・ヘビー級王座…第3代(防衛21回)、第5代(防衛18回)、第7代(防衛10回)
  • PWFヘビー級王座…初代(防衛38回)、第5代(防衛15回)、第7代(防衛3回)、第9代(防衛3回)
  • アジアヘビー級王座…第6代王者。大木金太郎から奪取したが、1度も防衛戦を行わずに返上。
  • インターナショナル・タッグ王座…12度獲得。
    • 第7代 (防衛7回)…パートナーは吉村道明
    • 第9代(防衛0回)、10代(防衛11回)、12代(防衛4回)、14代(防衛14回)…パートナーはアントニオ猪木。
    • 第16代(防衛2回)…パートナーは坂口征二。
    • 第23代(防衛12回)、25代(防衛2回)、27代(防衛9回)、29代(防衛19回)、31代(防衛1回)、33代(防衛4回)…パートナーはジャンボ鶴田。
  • アジアタッグ王座…3度獲得。
    • 第11代(防衛7回)、13代(防衛3回)…パートナーは豊登。
    • 第17代(防衛4回)…パートナーは吉村道明。4度の防衛後、馬場がインター二冠王になったため王座を返上した。
  • NWA世界タッグ(デトロイト版)…1度獲得。
    • 歴代は不明(防衛0回)…パートナーはジャンボ鶴田。1度も防衛を行わずにタイトルを返上した。
  • チャンピオン・カーニバル…7度優勝。
    • 1973年、1974年、1975年、1977年、1978年、1981年、1982年。

入場テーマ曲

  • 日本テレビスポーツのテーマ
馬場の代名詞とも言える楽曲であり、プロレスそのものをイメージさせる楽曲としても各局のテレビ番組などで多く使われている。1980年代中盤からは、大相撲からプロレスに転向し全日本に入団した輪島大士に譲り、王者の魂に変更した。
  • 王者の魂(作曲:実川俊・TEmPA)
使い出したのが1982年頃(1980年代中期はビッグマッチ限定)で、その数年後には中継が深夜に移動したため、アントニオ猪木の「炎のファイター」(イノキ・ボンバイエ)に比べるとプロレスファン以外の知名度は低い。そのため、「ジャイアント馬場=日本テレビスポーツのテーマ」というイメージが現在でも持たれている。

レスラーとしての評価

試合運びは非常に基本に忠実(いわゆるアメリカン・スタイルに則った形)で、余程のことがない限り奇を衒ったことはしない。ただし不測の事態(対戦相手が掟破りの攻撃を仕掛けた場合など)においてはいわゆるシュートと言われる技術で対応する(アメリカ武者修行時代にフレッド・アトキンス(米マット界で「関節技の鬼」と同時代のレスラーから恐れられていた選手。タイガー・ジェット・シンもアトキンスから関節技のノウハウを教わっている)から関節技のノウハウを教わっていた)。

高千穂明久は馬場について、試合の組み立て、運動能力、スタミナ、スピードなど全てを兼ね備えた万能のプロレスラーであり、「プロレスラーとしては最高」「猪木さんと馬場さんでは差があったよ。モノが違った」と語っていて、またシュート(真剣勝負)でも強かったとも回想している。しかしビル・ロビンソンは「十回やれば九回は私が勝つだろう」と語っている。

性格

  • 基本的におおらかな性格。小さなころは非常に親孝行で、人との間に角を立てるのが本当に嫌だったという。
  • 旧知の間柄の人達には面倒見が良かった反面、見知らぬ人には慎重深く警戒心が強かった。記者、その他の人達との雑談においても、一人でも初顔の者がいると気付いた途端、一切話すのを中断したという。
  • 野球をしていた当初、一度スパイクシューズを履かずにストッキングのまま練習に出てきてひどく叱られたことがあったが、戻ってスパイクを履こうとはしなかった。巨大なスパイクの中に猫が子供を産んでしまったというのがその理由であった。
  • 契約には厳しいことで知られ、ジャパンプロレスとして参戦していた長州力が契約途中で離脱した際には断固たる措置を取ったという。しかし、天龍源一郎がメガネスーパー社から新団体旗揚げの話を持ち掛けられ全日本の契約終了後にSWSへ移籍した際、(当時団体の移籍は非常識とされていたため)憤慨していたジャンボ鶴田に対して「なぁ、人は裏切るより裏切られた方がまだいいだろう」と諭した。これは天龍と馬場の間に十分な話し合いが持たれていた結果であるが、他の契約期間が終了していない全日勢が何人もSWSへ流れていった際には「話が違う」と激怒した。
  • 辞めていった日本人選手を二度と全日本マットに上げることはしなかったが、その弟子はリングに上げた(冬木弘道の弟子の、邪道、外道等)。師匠のことで弟子が巻き添えになることはマット界ではよくあることだが、馬場は師匠のこととは別のことと割り切っていた。
  • 「シュート(真剣勝負・ガチンコ)を超えたものがプロレス」という発言を残した。他団体が格闘技路線を進めていた頃の全日本プロレスのキャッチコピー「みんなが格闘技に走るので、私、プロレスを独占させていただきます」や「プロレスとは『プロレス』である」といった発言は、馬場本人のコメントではなく馬場夫妻と数十年に渡ってプライベート含めて親交があった元『週刊プロレス』編集長のターザン山本が考え出したものであるが、馬場自身もこのコピーを気に入っていた。
  • 食事作法や礼儀作法、服装などに厳しく、後輩や弟子たちにも徹底的に叩き込んだが、馬場本人はファンにサインをする際も(1000円相当のグッズを買う必要があり)、足を組んで座り下を向いたまま葉巻を吸いながら応じていた。1990年代、全日本の選手たちが決してシャツをズボンから出さなかったことは、馬場の教えが徹底されていたからであり、現在でもお付きだった和田京平や仲田龍、泉田純至らは「エリ付きのシャツでないといけない」という馬場の教えを守り、夏場でもTシャツではなくポロシャツを着ている。選手の茶髪も長い間許されなかったと言う。ジーンズも嫌いで、持ってはいたが「あれは作業着だ」と言っていた。
  • プロレスラーが技を一般人にかけることを非常に嫌っていた。TBSラジオの番組にゲスト出演していたとき、パーソナリティの松下賢次に何かプロレス技をかけて欲しい、というリスナーからのFAXがあった。馬場は「素人さんにプロレスの技をかけることは、絶対してはいけないこと」と語っている。ただし、かつて『笑っていいとも!』にゲスト出演した際、タモリにヘッドロックをかけたことはある。また、試合中エキサイトして我を忘れてしまうこともあったらしく、「場外乱闘で興奮状態になった馬場さんに技をかけられた」というプロレスファンの投稿が、雑誌に載ったこともある(投稿者は「痛かったけど、嬉しかった」と言っている)。なお、2007年にアサヒ飲料『WONDA』のCMにおいて、桑田佳祐に対し技を繰り出すプロレスラーとして生前の馬場の映像が合成で使われた。
  • 自らのプロレス観とかけ離れたレスラーとの対戦には消極的ではあったが、そのレスラーが人気者だった場合、プロモーターの立場として観客動員等、興行価値を優先し、積極的に起用し続けた(後述のミル・マスカラス、ビル・ロビンソン、長州力等)。
  • アントニオ猪木からシングル対戦の要求はたびたびあったが馬場は最後まで応じなかった。表向きの理由は、それぞれの団体が専属契約していたTV局(日本テレビ、テレビ朝日)同士のどちらが放映するのか話がまとまらないとのことであった。しかし実際は、馬場が猪木に対して不信感を持ち、今ひとつ信用出来なかったことが最大の理由として挙げられている。

嗜好

歴史小説が好きな読書家で、年間200冊以上の本を読み、柴田錬三郎、司馬遼太郎のファンだった。他にも絵画などを趣味に持つ。「引退したら(当時別荘を持っていた)ハワイで絵を描く生活がしたい」と語っていたが、それが現実になることはなかった。『水戸黄門』の大ファンで、欠かさず見ていたという。アイドルとして人気絶頂だった松田聖子に初めて会った時、「テレビは『水戸黄門』しか見ないから知らない」と言ったという話や、初代水戸黄門役の東野英治郎と初めて面会した時は、直立不動の姿勢となり、思わず頭を下げてしまったと回想している。また、初代風車の弥七役の中谷一郎と会った時には「おう、弥七」と声をかけ(年齢は馬場が中谷の8歳年下であった)、うっかり八兵衛役の高橋元太郎と会った際にも「八兵衛」と声をかけたと言う。『水戸黄門』に忍者などのキャラクターが出るようになると「突飛なことはやらない方がいい」と苦言を呈していた。東野時代のような典型的な勧善懲悪ものを好んだ。また、逆に高倉健に会った際はファンの人かと思い「はい、どうも」と座ったまま握手をした。

音楽では民謡を好み、尺八を演奏することも出来た。

ハワイを非常に気に入っていて、オフはよくハワイの別荘で過ごしていた。ハワイマット界にも関わりが深く、全日本プロレスのタイトル認定機関であるPWFの初代会長ロード・ブレアースはハワイのプロモーターであった。日本プロレス時代の人生設計では、「38歳で日本のプロレス界からは引退し、その後はハワイに引っ越して気楽な隠居暮らしに入る」というつもりだったという。

キャピトル東急ホテルを東京ヒルトン時代から定宿としていたことはよく知られており、馬場?三沢時代の全日本プロレスの記者会見は殆どキャピトル東急で行われた。また馬場は、関東での大会の後はキャピトル東急のコーヒーハウスである「オリガミ」で食事をしていた。お付きの和田や仲田、番記者の小佐野景浩らはこの「オリガミ」で馬場から食事作法を学んだという(週刊ゴングの増刊号にて、キャピトル東急ホテルの閉館により閉店となる直前のオリガミにて、鈴木みのるが「馬場さんの味を食す」という特集を組んだほど、ジャイアント馬場=キャピトル東急というイメージがプロレス界では定着している)。特に、この「オリガミ」に勤務するウェーター・ウェートレスは「馬場さんにおもてなしすることが登竜門だった」(BS日テレ2009年1月1日放送・2010年1月30日再放映の「俺たちは忘れない…10年目の再会 ジャイアント馬場よみがえる16文キック」での取材より)という。

大変健康に気を遣うと言われているが、後楽園ホールのロビーでも常に葉巻を吹かしていた。また1990年の骨折入院までは健啖家で、酒に強く(曰く「いくら飲んでも酔わないので酒は面白くない」)、甘党であったが(あずきの缶詰を常に携帯しており、食事の締めとして餅に付けて食べるのが好きだった)、このことが糖尿病の遠因になった。骨折後は足腰の鍛錬により専心するようになり、毎日恵比寿の自宅から(マンションのエレベーターも使わなかった)六本木にあった全日本プロレスの本社までウォーキングするのが日課だった。若手時代は汗っかきだったが、糖尿病を患って以降は汗をかかない体質になってしまい、以来サウナ好きでもあった。

葉巻を愛好していたが、テレビ番組の出演で親しくなった逸見政孝がスキルス性胃癌で入院したため、願掛けの意味から禁煙を決意。だが結局願いはかなわず、逸見は死去。以降、馬場が葉巻を口にすることは二度となかった。

甘いもの、特にあんこが好きと述べていた。テレビ番組「ニュースステーション」の企画である「最後の晩餐」でも人生最後に食べたいものを大福と答えている。

愛車はアメリカ武者修行時代に苦楽を共にしたブルーノ・サンマルチノからプレゼントされたキャデラック。

愛唱歌は『砂山』であったという。少年時代から辛いことがあると、気分を紛らわせるためにこの歌を良く歌っていたことをテレビ番組に出演した際にも語っていたことがある。

金銭感覚

負傷のためプロ野球選手の道を断念せざるをえなかったが、プロレスチャンピオンになって年収が3億円を超えたと話す(給料袋が縦に立ったという)。当時のプロ野球界の最高峰であった巨人の「ON(長嶋茂雄や王貞治)が『年俸3千万円、4千万円』などといっていたのを見て、おかしくて笑いが出てしまった」という逸話を晩年に語っていた。ただし、経営者として節税出来たことから、新聞で発表される長者番付の馬場の順位は下位であった。本人のコメントによるとアメリカ時代には1試合で2万ドル(当時で約7百万)稼いでいた。

1本数万円(途中からは1本10ドルのカナダ産)の葉巻を愛用し、キャピトル東急ホテル内「オリガミ」で出される1個2500円のチーズバーガーを食べ、三沢に1個1万円のメロンを潰して作ったメロンジュースを振舞ったり新婚旅行の費用をポケットマネーで出すなど豪快なところもあったが、所属選手の年俸は新日本プロレスよりはるかに安かった。また、選手に対する契約に保険や負傷欠場時の給与補填などを制度として行わなかったため(内臓疾患で長期欠場していたロッキー羽田曰く、「馬場さんがポケットマネーから生活費をくれていた」)、馬場死後に選手大量離脱の要因となった(新体制はそれを導入する方向だったが、オーナーである元子夫人が「馬場さんの時代にはなかった」と全て拒否した)。なお、その遺産は、渋谷税務署に8億7千万円と公示された。死後、永源遙は週刊プロレスのインタビューで「猪木さんは金を使うことが好きな人、馬場さんは金を使うことを忘れた人だった」と話している。また、猪木が参院議員に当選後に借金14億円と報道されたのを聞き、「俺との差は30億円ある」と言ったと高千穂が後に述懐している(また「俺ならキャッシュで払える」とも語ったという)。

プロレスラーとの人間関係

力道山からは特別可愛がられた。これは馬場に「元巨人軍投手」という肩書きがあったことと、2mを超える身長に力道山が惚れ込んでおり「これはワシをも凌ぐスターになるかもしれん」と思ったからである。アントニオ猪木はいわば叩き上げであり、また従順でなかった猪木を力道山はあまり好んでいなかったとされ、ちょっとしたミスで殴られたり蹴られたりが当たり前だった中、馬場は一度も殴られたことが無いというエピソードがある。また、馬場は入門当初から付き人を経験しておらず、すぐにアメリカ遠征に出され、給料も出ていたなど完全な特別扱いであった。

馬場自身が「私は力道山に一度も殴られたことが無い」と発言していたが、それは理不尽な暴力を受けたことは無いという意味で、自伝によると力道山から空手チョップの手ほどきを受けた際、皮膚を鍛えるために特殊な農具で手を何度も思い切り叩かれたという。叩かれている間力道山に「どうだ痛いか」と聞かれたが、「痛くないと言えば余計に力を加えるし、痛いと言えばそのうち痛くなくなると言って叩くのをやめないので、黙って耐えるしかなかった」と述懐している。

力道山には弟子に酒の一気飲みを強要する癖もあり、馬場も何度も大量に飲まされたという(馬場自身は酒嫌いだった)。実際、師匠である力道山はスポンサーの前で「プロレスラーの頑強さ」を見せることをしていた。デビュー前の馬場は、スポンサーの前で力道山に「ジョニ黒」を一気飲みさせられ、目の前に「火花が散った」という。一息ついた馬場が水を飲もうとしたところ、チェイサーに差し出されたのは「ビール」だったという。

野球上がりで腕が細かったため(当時のピッチャーは腕を痛めるといけないという理由で腕立て伏せもしなかった)、巡業で津軽海峡を渡る際、青函連絡船で力道山の指示でいつも到着するまでバーベルを持たされていた。馬場は北海道へ行くたびにあの時のことを思い出すと語っていた。

新日本プロレスを旗揚げしてからの猪木の挑発には「何度もはらわたが煮えくり返る思いがした」と自伝に書いているが、猪木には基本的に「同じ釜の飯を食った男」という気持ちがあり、憎しみの感情はみられなかった(馬場が後期の猪木に一貫して持っていた感情は不信感だった)。猪木も同様で、表向きの発言と実際に馬場に会う時の態度は全くと言っていい程違っていた。

ただし新日本プロレス陣営の中で坂口征二は馬場も非常に信頼しており個人的に交流もあった。特に1990年2月新日本のドーム大会では馬場は坂口の依頼に応え団体の壁を超え全日本の選手を貸し出した。また馬場が死去した時坂口は真っ先に駆けつけた

本当に馬場を憎んでいたのは上田馬之助で、日本プロレスを退団した馬場と、力道山の作り上げた日本プロレスに最後までこだわっていた上田の感情的なしこりは、日本プロレス崩壊後大木金太郎らと全日本プロレスに移籍する際、上田が仲介者の対等合併の言葉を本気にした事(実際は吸収合併だった)と、馬場が大木・上田ら移籍組を冷遇した(馬場曰く「全日本創立に奔走した仲間と、新日本とうちを両天秤に掛けたような元同僚を同格に扱うことは出来ない」という理由)ことで決定的になったという。「猪木追放事件」も、一般には「猪木・馬場らによるクーデター計画の存在を上田が上層部に密告した」ことが原因とされているが、上田は近年になって「実は最初に密告したのは馬場である」と語っており(詳しくは上田馬之助の項を参照のこと)、このことも上田と馬場の関係悪化に大きく影響していたと思われる。ただ、竹内宏介によると「上田が『猪木が会社乗っ取りと馬場の追い落としを企んでいる』と馬場に話して、それを馬場が上層部に話した」という。

プロレスのプロモーター(興行主)としても、NWAに加盟し第一副会長までのし上がったことで世界的に有名であった。アメリカ武者修行時代にプロモーターの指示に絶対に逆らわなかったことや、馬場自身の人柄を買われたことで、全日本プロレス旗揚げ時にNWAのプロモーターだったドリー・ファンク・シニアや、当時ニューヨークの看板選手だったブルーノ・サンマルチノが協力を買って出た。ギャラの約束を必ず守り、大物選手はファーストクラスで来日させるなど丁重に扱ったことで外国人レスラー間の評判が高かった。当時は「名外国人を本場アメリカから呼ぶことに団体の意義・名誉のあった時代」であり、日本人レスラーへの給与形態などはやや違ったのである。その代わり、ズル休みなどは大物外国人でも絶対できなかったという。また力が衰えてきてもそれなりのポジションで来日させ続けた。アブドーラ・ザ・ブッチャーやドリー・ファンク・ジュニアなどは1990年代中盤まで回数は減ったものの来日し続けている。

NWA副会長であり、WWWF(現WWE)発足の頃すでに大スターだったことから、ビンス・マクマホン・ジュニアも、馬場に対しては頭が上がらなかった。マクマホンがWWFとして日本マット界を傘下に治めようと奮闘していたとき、馬場はNWA第一副会長として一喝したことがある。後に馬場は「マディソン・スクエア・ガーデンで世界王座に挑戦したときにほんの子供だったこんな小僧に翻弄されてたまるか」と述懐している。

付き人だった大仁田厚を特別可愛がり、一時は本気で養子縁組を考えたこともある。大仁田が馬場の付き人をしていた頃、興行に馬場の赤いパンツを持って行くのを忘れたことがあった。困った大仁田は、同じ会場に赤いパンツを履く身長2mの外国人選手がいたため、この選手の控室に忍び込んでパンツを盗んだ。馬場はそのパンツで試合に勝ったものの何かおかしいと気づき、「このパンツ俺の?」と大仁田に聞いた。大仁田は「外国人選手から借りてきました」とウソをついたが馬場はこの嘘を即座に見破り「馬鹿野郎、貸すわけないだろ!」と怒鳴って張り手タイプの空手チョップを食らわせた。そして洗濯して返すようにと命じ、3日間口をきかなかったという。その後、別の興行で大仁田はまたしても馬場のスーツのズボンを忘れたが、素直に謝ったところ、馬場は何も言わず興業中の約1か月間、スーツに赤ジャージのズボン姿で通した。大仁田はこの一件を通じ馬場さんから一番大切なことを学んだと語っている

1987年11月、所属選手のハル薗田(マジック・ドラゴン)が、全日本プロレスから派遣されて南アフリカ共和国のプロレス興行に参戦する際に、結婚したばかりの園田夫妻にポケットマネーを提供して、興業後の新婚旅行を奨めた。ところが、南アフリカに向かう飛行機がインド洋上で南アフリカ航空295便墜落事故となり、ハル薗田とその夫人が事故死することとなった。馬場は生涯、園田の派遣と新婚旅行を奨めたことを悔やんでいたという。リング上で弔辞を読んでいる時に号泣した。

世界中のプロレス界を股にかけた大巨人アンドレ・ザ・ジャイアントが最後に選んだリングは、天龍一派の大量離脱で黄昏時を迎えていた馬場全日本だった。二人がコンビを組んでいた頃「馬場とアンドレが天の川で流しソーメンを食べていた」などという伝説が流れたこともある。実際二人は大変仲がよく、話し相手に困らないようにと、アンドレの若手時代からの親友であるマイティ井上を話し相手として帯同させ、アンドレ参戦時の外国人用移動バスの冷蔵庫には、アンドレ好みのワインが常に置かれていたという。

なお、アントニオ猪木とは全く疎遠だったというわけでは無く、年に数回会っていたという。ただしそれは、それぞれの団体が同じ興行先にかち合わないように確認するため等の事務的なものであった。

芸能人との関係

彼の体の大きさはよく芸能人のネタにされた。

  • ビートたけしには「巨人時代、ボールを投げようとしたら捕手の森の頭を叩いてしまった」「投げた瞬間にキャッチャーをまたいでしまうため、野球をやめた」「タクシーに乗ろうとしたら、左のドアから右のドアに出てしまい、乗れなかった」「車のサンルーフから頭を出して運転していた」「飛行機に乗る時は、両手を翼の中に入れて、腹這いになる」「ゴルフもショートコースはパターしか使わない。カップインしたボールを取り出そうとしたら、グリーンも一緒に持ち上がった」「一緒に飛行機のファーストクラスに乗った時、前の席に座っていた馬場さんがシートを180度倒したらオレの腹の部分に頭がのった」など。
  • これらのネタは、学生時代に「ビートたけしのオールナイトニッポン」の熱心なリスナーであり投稿者でもあった、消しゴム版画家でエッセイストでもあったナンシー関が考えたとも言われる。本人も著書の中で、ジャイアント馬場の大きさについてのネタを考え出すといくらでも浮かぶと語っている。
  • ダウンタウンの松本人志もカーナビで馬場の居場所が写るとネタにしたり、「ダウンタウンのごっつええ感じ」でも馬場をネタにしたコントがあった。
  • 島田紳助もトークで時々馬場のネタを使うことがよくある。それで「クイズ紳助くん」では馬場を崇拝している円広志が怒るというパターンが何度もあった。
  • 田中裕二は座っていた馬場に身長で「負けた」という(笑っていいとも!での証言)。
  • ジャイアントコーンのCMで共演した酒井法子がデビュー当時使っていた「のりピー語」で「馬場ピー」は「大きい」を意味していた。CM撮影時に一口かじったアイスを、スタッフが「処分しますので」と引き取ったが、馬場は「勿体ないよ」と言うと、最後まで食べたというエピソードがあり、酒井法子は「身長だけでなく、心も大きい人でした」と語っている。また、第12回アメリカ横断ウルトラクイズの第4チェックポイントで「馬場ピー」の意味について出題され、この回の準優勝者となる解答者が、「汚い。」と珍解答をしてしまい、司会者の福留功男が「馬場さんが怒るよ」と説教した挙句、その後は当該解答者のニックネームにもなった。
  • 女優の水野久美は同郷で上京前からの友人。馬場にとって水野はマドンナで、上京後互いに下積み時代だった頃も馬場は水野の引っ越しを手伝ったりした。
  • シンガーソングライター松山千春とも親交があった。自ら出していた月刊誌にジャイアント馬場との対談を発表したこともある。松山は馬場の死去後、1999年8月に「Champ never die」という曲を発表、馬場に捧げている。
  • シンガーソングライター円広志…プロレスの大ファンでジャイアント馬場を崇拝している。かつて日本テレビのオシャレ30・30に出演した時には、馬場への想いを熱弁したこともある。1994年に、当時中京テレビでレギュラー出演していたヴィヴィアンの企画で馬場と対面したさいには、本人から愛用の革靴をプレゼントされた。その馬場に対する愛情の反面、アントニオ猪木ファンを嫌悪しており、猪木ファンから馬場ファンであることを揶揄されると大変根に持つ。
  • 2006年8月NHK教育テレビ知るを楽しむ私のこだわり人物伝で、4週にわたり香山リカがジャイアント馬場について語った。香山は少女時代、馬場に抱き上げてもらったことがある。
  • B'zのシングル曲『ギリギリchop』は、プロレスファンである稲葉浩志が馬場の死に哀悼の意を込めてタイトルを付けたとライブのMCで語っている。
  • 死去する約2か月前「徹子の部屋」へ2週にわたり出演したが、これが一般視聴者へプロレスについての最後のメッセージの場となった。馬場は受けの説明等を行い、この時初めてテレビで歌も歌った。また弟子(ハル薗田)の飛行機事故死がきっかけで飛行機が怖いとコメントして、黒柳徹子へはスクワットのやり方を教えた。黒柳はこれがきっかけで今でも毎日スクワットをしている(黒柳は「スクワットは馬場さんの遺言」と語っている)。

SHOW by ショーバイ!!でのキャラクター

馬場のキャラクター・人柄はCMやプロレス中継以外のテレビ番組を通じて、幅広い人気を集めた。中でも1988年から1996年まで放送された日本テレビ系クイズ番組『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』に出演した際には、様々な珍解答で視聴者の笑いを誘った。「何を作っているのでしょうか?クイズ」で、終了5秒前にボタンを押したが、正解の「ボクシンググローブ」がほぼ完成の形で画面に映っているにもかかわらず堂々と「赤べこ」と答え、司会者の逸見政孝を始めとする出演者全員を悶絶させたこともある。逸見はこの馬場の発言で笑い転げ、しばらく起き上がれなかったほどであった。

特番では代表者になるもののボタンを押さず、業を煮やして高田純次がボタンを押したこともあった。さらに、その時の正解は「トゥーシューズ」だったために高田がバレリーナを真似て正解を伝えたが、本人は「オッパイにあてるやつ」と答え、周りを悶絶させたこともあった。

早押しボタンを押さないことは週刊少年ジャンプの読者ネタにもされるほどであった。ごくまれに逸見・福澤などに「馬場さん、押す気ありますか?」と聞かれることがある。逸見の場合はさらに「わかったら押すんですよね?」と念押しする。それに対して馬場は「そうですよ!」と返す。早押しボタンのすぐそばにコーヒーを置いていたため、隣に座っていた川合俊一に「馬場さん、早押しボタンの上にコーヒーを置いたら押せないでしょ」と突っ込まれていた。サブ司会の渡辺正行に「押す意志無いじゃないですか」と突っ込まれた。放送143回目にして初めて早押しボタンを押したためだったのかスタジオ内が大騒ぎとなり、馬場自身も照れてしまいセットの裏に隠れてしまった程だった。(その時押していたのは実は早押しボタンではなくミリオンスロットのボタン。その回のEDではその場面が使われることになった)

同番組の特番では、パネラー席の早押しボタンが付くかのテストが行われたが、馬場は思いっ切りデスクを叩き、パネラー席を破壊してしまったことがある。山城新伍は、「(演出として)スタッフと相談して、馬場さんに内緒でデスクボードに細工をして落ちやすくしていたが、馬場さんはそれを察していて、知らんふりしてボードを叩き落してくれた」と語っている。

番組初期の頃は右から三番目の解答者席に座っていたこともあったが、基本的には一番左端の席が定着しており番組内では「馬場さんの席」の通称まで付いた程であった。番組中期以降は蛭子能収と交互に準レギュラーで左端の席で解答した。

しかし、クイズ自体の解答率は悪くなく何度も売り上げNo.1を取っており、回数も山城新伍(56回)、高田純次(37回)、山瀬まみ(23回)に次いで4位(17回)である。1回目のトップ賞を取ったのも馬場であった。

1993年12月15日放送時は1、2問目のみ逸見の代理司会を務めたことがある。この日の本来の代理司会は島田紳助。

山城は逸見の追悼スペシャルにて、逸見が胃癌の闘病生活に入ることを告白してから、逸見の早期回復を祈って願を懸けるために、馬場は大好きな葉巻を断ったエピソードも紹介し、馬場の人柄を讃えた。逸見が亡くなってから、自らのトレードマークだった葉巻を口にすることは生涯無かった。

野沢直子からはこの番組限定で「ジャイヤント」と呼ばれていた。

最終回スペシャルも自身の試合が終わってからその足でスタジオへ駆け付け、馬場の名場面特集も組まれた。

ものまね

もごもごしたしゃべり方や、こもった低音の声質がものまねのネタになりやすく、当初は、タレントなどにものまねされることに対し不快感を示していたが、徐々にそういったおふざけを容認するようになり、そのキャラクターや風貌から、多くのバラエティ番組やCMに起用されることとなる。また、全日本プロレスでの自らを主役とした、ギャグタッチのアニメビデオをリリースされるまでに至った。

早くから馬場をものまねのレパートリーにしていた関根勤には、初対面の際「ぼくはアッポーなんて言ってないよ」と文句を言ったが、「指で汗をぬぐい大きく息をつく動作なんです」と実演して見せたところ「それは似てる」と、それ以来関根に本人公認のお墨付きを与えたというエピソードもある。また、「笑っていいとも!」に出演したとき、突然関根にババチョップを打ち込むと、関根は機転を利かせて馬場のものまねで膝をついた。

身体について

巨人軍時代、下垂体腺腫により視神経が圧迫されて視力障害を引き起こしたため、開頭手術をしたことがある。当時の技術では成功率が非常に低く、医者から「失明する可能性が高いので、見える内にマッサージ師の勉強をしておきなさい」と勧められた程だったが、手術は成功した。

ジャイアント馬場の代名詞「16文」(約38.4cm)は、日本に合う靴がほとんどなかったため、アメリカ遠征の際入手した靴にアメリカ規格の「16」(約34cm)とあるのを見たプロレスマスコミが16文と誤認して、そのまま定着したものである。一部では「16文ではなく16インチ(約40.6cm)」という更に誤った説もあった。

209cmの長身で、日本人レスラーはもとより、外人レスラーでも余り自分を超える身長の対戦相手がいなかった馬場ではあるが、1990年の世界最強タッグ公式戦でアンドレと組んでランド・オブ・ジャイアンツ(スカイウォーカー・ナイトロン&ブレード・ブッチ・マスターズ組)と戦った時だけは、アンドレが身長223cm、ランド・オブ・ジャイアンツがそれぞれ身長213cmだったため、馬場が最も身長が低いという珍現象が起きている。

馬場は、1975年から1978年頃の一時期、髪を伸ばしていたこともある。この時、「パーマをかけている」と言われたが、実際は癖毛なのでそう見えるだけだったという。また、日本プロレス時代に、ボボ・ブラジル戦での頭突きの衝撃を和らげるために髪を伸ばしていたことがあった。

元子夫人との間に子供はいない。馬場は巨人症(成長ホルモン産生下垂体腺腫)であり、それが遺伝することを恐れて子作りをしなかったといわれている(実際には巨人症が遺伝することはほとんどない)。

馬場が死去した際、彼の遺体のサイズに合う棺がなく、葬儀の際には特注の棺を作ってもらうことも検討されたが、時間的な都合が付かなかったため、最終的に彼の遺体は布で包んだだけの状態のまま火葬場へ運ばれ、荼毘に付された。

その他

  • 日本プロレス時代、実況アナウンサーの清水一郎は、1970年頃までは馬場を巨人軍に在籍していたためか、「ジャイアンツ馬場選手」と実況では呼称していたが、その後は「ジャイアント馬場選手」と実況するようになった。
  • 1995年1月、元子夫人の明石の実家が阪神大震災の被害に遭い、和田・仲田らと家の片付けに向かった。関西地区の被害を目の当たりにした馬場は、ガスコンロや生活用品を買い集めた後関西地区に住んでいる全日本のファンクラブ「キングスロード」会員の名簿を取り寄せ、一軒一軒へ馬場自らが出向き、生活用品を差し入れて回ったという。
  • 晩年巨人のOB会へ出席した際、先輩の千葉茂に「おーい、馬場!」と手招きされた際、大喜びで後ろから抱きついた。この為馬場がおんぶされるような格好で甘えるという珍しい構図になった。目上から呼び捨てにされる機会がほとんど無くなり、久しぶりのことだったのでとても嬉しかったという。
  • 亡くなった前年には巨人阪神のOB戦に巨人OBとして出場。ファーストにランナーとして出るも牽制でアウトになり王貞治から「馬場さん頼むよ?」と和やかな雰囲気で試合を楽しんだという
  • プロレス興行では大会場での試合、地方での売り興行関係なく入場口近くの売店の椅子に座り、グッズを購入したファンにサインを書いていた。馬場死後の全日本プロレスでは、愛用だった椅子を置いている。
  • 全日本を旗揚げした当初から年8回のシリーズと全国巡業をモットーとし最後の最後まで常設会場は持たなかった。アントニオ猪木率いる新日本が異種格闘技戦など斬新な企画を次々と打ち出しても、馬場は年8回のシリーズと全国巡業という型を続けていた。
  • 1977年の映画『007 私を愛したスパイ』のジョーズ役は当初彼が考えられていたが、結局リチャード・キールが選ばれた。ジョーズは頑丈な金属の歯を持っており、噛んで人を殺すが、逆に弱点でもあった。

プロレスマスコミとの関係

2010年6月、元週刊プロレス編集長のターザン山本は、1990年代初頭に馬場から多額の裏金の見返りに週刊プロレスの編集部や誌面、更には読者全体を巻き込む形でのSWSバッシングキャンペーンを行う様に依頼を受けたことを暴露本で明らかにした。

その後山本は実際に天龍源一郎を始めとするレスラーを引き抜いたSWSを「金権プロレス」とレッテルを貼った上で、文字通り誌面を挙げた一大バッシングを行い、馬場の狙い通り2年後にSWSは崩壊した。

山本はこのバッシングキャンペーン以外にも、当時の誌面作りの方向性で全日本プロレスを優遇する見返りに、全日本プロレス興行のビッグマッチにおけるブックやアングルを考案する権利を馬場から与えられていたことも暴露本で告白している。それらのブックの中にはジャンボ鶴田対三沢光晴戦の決着をピンフォールではなくフェイスロックでのギブアップとする結末なども含まれていたという。

出演CM

  • マイバンド(ヤマハ、1982年)※「僕にも弾けた!」のフレーズが話題となる
  • グリコジャイアントコーン(江崎グリコ、1980年代 - 1990年代)
  • ジャイアントカプリコ(江崎グリコ)
  • ビアシャトル(キリン)
  • かゆみ止め(メンソレータム)
  • 週刊就職情報(リクルート、1984年)
  • 日清からあげ粉(日清製粉、1993年)
  • ツーフィンガー(日本電装、1994年)
  • ららぽーと スキードーム ザウス(三井不動産、1996年)
  • 日清ごんぶと(日清食品、1996年)
  • JA貯金年金自動受取り(農林中央金庫、1997年 - 1999年)
  • WONDAモーニングショット(アサヒ飲料、2007年)※CG出演

その他

  • ウルトラマン(初代)が怪獣と格闘する際などの身のこなしは、ジャイアント馬場を参考にしたという説がある。なお、「ウルトラマンのキック力は十六文キックの一万倍」という設定が当時存在したという。ウルトラマン80には、その名も400文キックという技がある。
  • 柳田理科雄の『空想科学読本2』では、怪獣やヒーローの能力を比較して最強を決めるための統一基準として、「行動形態が怪獣やヒーローに近い」ことを理由にジャイアント馬場を採用、怪獣やヒーローの能力を表す単位として「ジャバ(ジャイアント馬場の略)」という新単位を考案している。この他にも、柳田は新刊本を出すごとに1冊に1度は必ずと言っていいほど、体の大きな人間の代表として馬場を引き合いに出しており(ちなみに足の速い人間の代表はカール・ルイス)、自らもこのワンパターンをどうにかできないものかと自嘲気味に語っている。
  • 1995年3月にタワーレコード渋谷店が移転しメガストア化した際の宣伝ポスターに、上を見上げる馬場がモデルとして起用された。
  • 2006年12月に阪神競馬場がリニューアルオープンし、馬場(走路)が大型化された。このリニューアル記念ポスターの1つでは「大きな馬場」が完成したことをもじり、「12・2 ジャイアント馬場、登場。」というコピーと、競馬場全体を踏みつけるような巨大レスラーブーツの画像が用いられた。

書籍

著書・関連著書

  • 『プロレス入門』 小学館、1971年
  • 『たまにはオレもエンターテイナー』 かんき出版、1983年
  • 『ジャイアント馬場の16文が行く』 ダイナミックセラーズ、1983年
  • 『個性豊かなリングガイたち』 ベースボール・マガジン社、1987年、
  • 『16文の熱闘人生』 東京新聞出版局、1994年、
  • 『馬場伝説』 筑摩書房、1996年
  • 『オレの人生・プロレス・旅』 ジャイアントサービス、1998年
  • 『16文が行く』 ダイナミックセラーズ出版、1999年
  • 『王道16文 完全版』 ジャイアントサービス、2000年
  • 『ねぇねぇ馬場さん』馬場元子 講談社、2000年
  • 『ジャイアント馬場』 日本図書センター、2002年、

参考文献

  • 『人生は3つ数えてちょうどいい』和田京平
  • 『NOAHを創った男-三沢光晴の参謀-』仲田龍・本多誠共著

ジャイアント馬場おまとめ動画集
ジャアント馬場ビデオ紹介

  


今日のプロレス 興行日程
[すべて見る]
お近くの人は是非見に行きましょう!
団体 会場  
沖縄プロ 沖縄・デルフィンアリーナ国際通り 20:00




試合結果
1/30
nikkansports.comより

◆新日本
▽IWGPジュニアタッグ選手権
○田口隆祐、デヴィット(王者組)[16分9秒 外道クラッチ2]NOSAWA論外、×タイチ(挑戦者組)
○内藤哲也、高橋裕二郎[13分40秒 片エビ固め]×後藤洋央紀、棚橋弘至
▽IWGPヘビー級王座挑戦者決定戦
○小島 聡[15分54秒 片エビ固め]×真壁刀義

◆大日本
○伊東竜二、シャドウWX、アブドーラ小林、佐々木貴[20分21秒 体固め]宮本裕向、竹田誠志、木高イサミ、×星野勘九郎
○関本大介、岡林裕二[18分51秒 原爆固め]佐々木義人、×石川晋也
▽BJW認定蛍光灯&ラダー&凶器持ち込みタッグデスマッチ
バラモンケイ、○バラモンシュウ(挑戦者組)[19分12秒 片エビ固め]“黒天使”沼沢邪鬼、×葛西純(王者組)
※バラモン兄弟が第32代王者組となる

◆大阪プロ
○ブラックバファロー、タイガースマスク[9分18秒 片エビ固め]×タコヤキーダー、ゼウス
▽3WAYマッチ
○松山勘十郎[12分19秒 忍法まるめこみ返しの術]×救世忍者乱丸
※もう1人はえべっさん
▽正規軍vsJOKER イリミネーションマッチ無制限1本
アルティメット・スパイダーJr.、ツバサ、原田大輔、小峠篤司、○ビリーケン・キッド[23分19秒 1人残り]×タダスケ、×政宗、×秀吉、×ヲロチ、×空牙

◆沖縄プロ
○グルクンダイバー[7分51秒 グルクンドライバー]×ヤンバルクイーンナ
▽3WAYマッチ
○タイパン[10分48秒 トーチャラック]×めんそーれ親父、×ミル・マングース
※二人まとめてのアルゼンチン式背骨折り
○シーサー王、怪人ハブ男[17分38秒 シーサースープレックス]ウルトラ☆マンゴー、×エイサー8

◆スマッシュ
○華名[8分8秒 卍固め]×ジェシカ・ラブ
○スペル・クレイジー[11分28秒 エビ固め]×KUSHIDA
○スターバック、大原はじめ[15分0秒 体固め]×TAJIRI、AKIRA

◆フーテンプロ
○臼田勝美[9分10秒 足首固め]×関根龍一
○長井満也[14分48秒 胴絞め裸絞め]×スルガマナブ
池田大輔、○石川雄規[21分48秒 リバースバイパーホールド]真霜拳號、×橋誠


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1/30 プロレス/格闘技 今日は何の日? 永田裕志/内藤哲也/裕次郎vsTAJIRI/“ザ・マシンガン”カール・アンダーソン/ジャイアント・バーナード他



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バトルロイヤル

 2011/1/30

プロレス/格闘技 ニュース

Sportsnavi
nikkansports.com
スポニチ
東スポ
デイリースポーツ
格闘技WEB
マガジンGBR
リアルライブ
 バトル・ニュース
暴挙&反則攻撃でコバックが勝利し、TAJIRIは王座陥落!復活スターバックに大森が挑戦表明!真琴は元WWEディーバ相手に大健闘!
 




今日のYouTube追加動画

 
NJPW
2011/1/26
千葉ポートアリーナ

天山広吉&永田裕志&タイガーマスクv-s中邑真輔&飯塚高史&石井智宏

バトラーツ
2010/10/26

竹嶋健史vs山本裕次郎

焙煎TAGAIvs三州ツバ吉

竜司ウォルター/NARITAvsスーパータイガー/タイガーシャーク/2/3

澤宗紀/矢野啓太vs臼田勝美/佐々木恭介/2/3

石川雄規vs鈴木秀樹/2/3

IGF
2010/10/25

澤宗紀vsクリス・ダニエル

IGF
2010/5/9


GENOME 10 MV

ZERO1
2010/10/24

ZERO1 MV

SMASH
2010/11/22
JCB

SMASH 10 MV

大阪プロレス
2010/10/31

大阪プロレス MV

JWP
2007/12/9
後楽園ホール

新関真由香織デビュー戦
中島安里沙vs新関真由香





動画で紹介!
プロレス/格闘技 今日は何の日?



Circuit2010 NEW JAPAN ISM

永田裕志/内藤哲也/裕次郎vs
TAJIRI/“ザ・マシンガン”カール・アンダーソン/ジャイアント・バーナード

2010/1/30
後楽園ホール


IWGP Jr.
丸藤正道vsプリンス・デヴィット
矢野通/中邑真輔vs棚橋弘至/中西学
金本/サムライ/タイガーvs
SSマシン/井上/平澤


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DVD/ビデオの紹介!
プロレス/格闘技 今日は何の日?


 

MEGA STARS 95
大阪
MEGA STARS 9
1995/1/30
大阪府立体育会館

長与千種/キャンディ奥津vs尾崎魔弓/福岡晶
デビル雅美/矢樹広弓/能智房代vs
キューティー鈴木/ダイナマイト関西/菅生裕美
外山寿美代/天野理恵子vs久住智子(日向あずみ)/宮口知子
小林智美vs倉垣靖子
本谷香名子vs宮崎有紀


STARDOM 2000
STARDOM 2000
2000/1/30
ZEPP TOKYO


2000年を迎え、アルシオンの闘いはさらに激しさを増した。誰もがサバイバルを賭け、危機感を持って自己主張を繰り広げた2周年記念日。それは、RE・DRUGSの増殖、ラスカチョとツインビーの合体、アジャ&吉田とCAZAIによる正規軍の結成、文子のCAZAI離脱という、新たな闘い模様を生み出した。大向&三田vs府川&下田、浜田&AKINOvs二上&玉田、アジャvs奥津(1/30)


PRIDE GP 2000
開幕戦
PRIDE GP 2000
2000/1/30
東京ドーム

PRIDE GRANDPRIX 2000 1回戦
ホイス・グレイシーvs 高田延彦
マーク・ケアー vs. エンセン井上
イゴール・ボブチャンチン vs. アレクサンダー大塚
マーク・コールマン vs. 佐竹雅昭
桜庭和志 vs. ガイ・メッツァー
藤田総合デビュー戦
藤田和之 vs. ハンス・ナイマン
小路晃 vs. エベンゼール・フォンテス・ブラガ
ゲーリー・グッドリッジ vs. 大刀光
PRIDE GRANDPRIX 2000 リザーブマッチ
ヴァンダレイ・シウバ vs. ボブ・シュライバー

 

ZERO1-MAXIMPACT
VOL.3
ZERO1-MAXIMPACT 3
2004/1/30
大阪府立体育館

橋本真也/葛西純vs長州力/石井智宏

別冊 新日本プロレス
中邑真輔+棚橋弘至
別冊 新日本プロレス
2005/1/30
月寒グリーンドーム

中邑真輔/棚橋弘至vs永田裕志/天山広吉

KING of SPORTS 11
KING of SPORTS11
2005/1/30
月寒グリーンドーム


IWGPタッグ
棚橋弘至/中邑真輔vs永田裕志/天山広吉
鈴木みのる/蝶野正洋vs佐々木健介/中嶋勝彦
真壁刀義/西村 修vs石井智宏/長州 力
金本浩二/竹村豪氏/井上 亘vs邪道/外道/田中 

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番外編
プロレス/格闘技今日は何の日?


IWA
1971/1/30
常陸太田市民体育館

アニマル浜口&寺西勇 vs ボブ・スイータン&ベン・アレキサンダー

IWA世界ヘビー級選手権 
ラッシャー木村 vs マイク・ジョージ

 
日本プロレス
1973/1/30

吉村道明が引退を表明。
3/3に引退試合を行った。

AJPW
1974/1/30
日大講堂

サンダー杉山 & ヒロ・マツダ vs キング・イヤウケア & アントニオ・プグリッヒー

NJPW
1981/1/30
島原市体育館

アントニオ猪木/坂口征二/長州力
vsタイガー・ジェット・シン/ケン・パテラ/バッドニュース・アレン

藤波辰巳 vs ザ・サモアンズ1号

木村健吾 vs ザ・サモアンズ2号

AJPW
1993/1/30
千葉公園体育館

世界タッグ
テリー・ゴディ/スティーブ・ウイリアムス vs 三沢光晴/川田利明

秋山七番勝負
秋山準 vs ジョニー・スミス

AJW
1998/1/30

第26代全日本シングル王座
さくらえみvs中西百重
さくらえみが戴冠

新日本プロレス
2003/1/30
後楽園ホール

FIGHTING SPIRIT 2003

高山善廣/P・サタンvs.B・ウルフ/永田裕志
Sport-i ESPN 杯2分時間差バトルロイヤル
ヘビー級ニュージャパンランボー
天山/蝶野/藤田ミノル/真壁/吉江/西村/Jスティール/Mバートン/木村/柳澤/中西/安田
ヒート/タイガー・マスク/垣原賢人vs.
サムライ/獣神T・ライガー/金本浩二

後藤達俊/ヒロ斉藤vs.魔界1号/魔界2号
飯塚高史/矢野通vs.魔界5号/魔界4号(破悧魔王'Z)
カレーマン/S・クレイジーvs.邪道/外道
田口隆祐
vs.山本尚史

WWE
2005/1/30
セーブマート・センター

第18回 ロイヤル・ランブル

DDT
2005/1/30
後楽園ホール

高梨 将弘がマサ高梨に改名

 
2008/1/30
ターザン山本

不幸を呼ぶ恋人弁当

恋愛関係にある女性塾生の古関が派遣されている金融機関に自らチョイスしたオリジン弁当を届けた山本は、当初は「恋人弁当」「みんなやったら? 彼女は喜ぶよ」と得意満面であった。しかし、古関が派遣先の責任者から厳重注意を受け、立場的に追い詰められたことを聞かされ、山本は大炎上。責任者に事の次第を報告した(山本曰く「告げ口をした」)受付の女性に対して「一部上場の会社なのに、50代のおばさんだよ、おばさん。普通、受付嬢は若い女性だろう。何を考えているんだ、あの会社。アホかだ。受付が太ったおばさんだったら、こっちの景気まで悪くなってくる。最悪だ」と、自分の年齢(61歳)は棚に上げて毒づいたのを皮切りに、「おばさんの実人生には何もいいことがないんだろう」「夫にも誰にも愛されていない」「お前なんか死ね、死ね、死ね、死んでしまえだあくそババあ」と、罵倒の限りをweb日記にぶちまけた。なお、この“弁当テロ”が原因であるのかその後の日記の内容が不適切であったせいかは定かでないが、古関は銀行側から次期契約を延長しない旨を通告された。同日のweb日記に山本は「起こったことは仕方がない。ただ、起こったことをどう解釈するかは絶対的自由なのだ」とのコメントを寄せている。

 
2009/1/30
鈴川 真一(若麒麟)が乾燥大麻16グラムを所持していたとして大麻取締法違反(所持)の現行犯で神奈川県警察に逮捕された。神奈川県警察が、別の大麻譲渡事件の捜査中にその事件の容疑者の勤務先である東京都港区六本木のCD販売店の事務所内を家宅捜索し、この際に居合わせた若麒麟が大麻を所持していたため、ヒップホップグループ「練マザファッカー」のリーダー・D.Oらとともに現行犯逮捕に至った。日本人力士が同法で逮捕されたのは初めてのことである。

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プロレス/格闘技
今日のテレビ放送/出演


サムライTV 22:00
Sアリーナ
2011年1月30日(日)号

試合映像や記者会見など、マット界の最新
情報を夜10時から生放送!本格派か?変人
か?注目のハイブリッドレスラーが登場!
<ニュース>
●DDT 1.30後楽園大会
●新日本プロレス1.29熊本大会
●SMASH 1.29新宿FACE昼夜大会

ゲスト/鳥生将大(パンクラスism)

23:00
Versus#41
マット界の人気選手・大物が1対1で対談
するトークバトル、60分1本勝負!

須藤元気


24:00
レトロアワー『新日本プロレス伝説』
(#25=安田忠夫特集)

<プロレスデビュー戦>
●安田×馳浩(1994/2/.24日本武道館)
<三軍対抗タッグトーナメント2回戦>

●橋本&安田×小島&中西
(1997/9/17 大阪・舞洲アリーナ)
<G1 CLIMAX 決勝トーナメント準決勝戦>

●安田×武藤敬司(2001/8/11両国国技館)
<IWGP王者決定トーナメント準決勝戦>

●安田×蝶野正洋(2002/2/16両国国技館)
<IWGP王者決定トーナメント決勝戦>

●安田×永田裕志(2002/2./6両国国技館)






プロレス/格闘技
今日のバースデイ / 忌日


寺西勇
1946/1/30

富山県射水郡(現・射水市)出身で立浪部屋所属の元大相撲力士、元プロレスラー。本名は、寺西等。大相撲時代の四股名は寺西(てらにし)、最高位は三段目1枚目。

経歴

大相撲の立浪部屋に入門し、1963年5月場所に本名の寺西の四股名で初土俵を踏んだ。しかし伸び悩み、わずか入門3年後の1966年5月場所限りで廃業した。大相撲廃業後は、1966年に同門の永源遙とともに豊登道春率いる東京プロレスに入ってプロレスラーに転向。同年10/21、団体旗揚げ戦においてデビュー(相手は竹下民夫)。団体崩壊後は国際プロレスに移籍し、当時最高のテクニシャンであったエドワード・カーペンティアと当たる機会に恵まれ、自らのスタイルの基礎を築く。

1975/3/13、茨城県境町体育館において稲妻二郎を破り、IWAミッドヘビー級(現在で言うジュニアヘビー級)王座を獲得し、3度防衛。防衛相手の中には、後のトップレスラー、リック・マーテルも含まれている。またその技術が評価され、1976年にはプロレス大賞・技能賞を受賞している。しかし国際も1981年に崩壊し、ラッシャー木村・アニマル浜口とともに『はぐれ国際軍団』を結成して新日本プロレスに殴りこみ。後に浜口とともに長州力の維新軍に参加。そのままジャパンプロレスにも合流する。1985年7月、浜口とアジアタッグ王座を獲得。

ジャパン崩壊後は全日本プロレスの一員となったが、1992年怪我により一旦引退。全日のスタッフとして裏方の仕事(会場でのパンフレット販売等)に従事するが、1シリーズで公の場から姿を消す。1994年、ジャパン時代の同僚谷津嘉章のSPWFで現役復帰した。現在はプロレス界を離れて解体関係の仕事をしている。因みに本人は「勇」という名前がいたく気に入っており、実子に勇と名付けている。

1983~4年頃は長州力率いる維新軍団として活動を共にし、小林邦昭と共にジュニアヘビー級戦線で活躍する。その当時のテーマ入場曲は映画「少林寺」(サントラ版)であった。

1983年8月、維新軍団当時に対戦した、あの(初代)タイガーマスクの最後の新日マットの対戦相手となる。(タイガーの持つNWAジュニアヘビータイトルマッチへの挑戦であり、結果はタイガーの勝利であったが、その試合後にタイガーは一時引退をしたため、この寺西勇戦が佐山タイガーマスクの新日マット最後の勇姿となった。)

2002年の新日本プロレス創立30周年記念大会(東京ドーム)では、アニマル浜口らと共に来賓として会場で観戦した。

プロレス好きであるシンガーソングライターの石川優子は、「好きなプロレスラーは」の質問に迷わず「寺西勇さん」と言っていた。

スタイル

大相撲出身者にありがちなパワー一辺倒ではなく、素早い動きや連発のドロップキックを駆使するスタイルを貫き、マイティ井上らに影響を与えた。現在ジュニアヘビー級の選手がよくやる、ショルダースルーを食らっても足から着地して反撃するムーブを、日本で最初に見せたのも寺西である。

また、こういったスタイルを得意にする選手の多くはメキシコなどで修行を積んでいるものだが、寺西には海外修行の経験がない。

国際プロレス時代から白いトランクス(ショートタイツ)を身につけ、リングシューズも白く白装束であった。また相手を持ち上げ、相手をうつ伏せの状態で自分の膝に落とし相手の腹を打ち付ける「ストマックブロック」もよく使う技であった。

タイトル履歴

  • IWA世界ミッドヘビー級王座
  • アジアタッグ王座(2度)
    • 第40代 (パートナーはアニマル浜口)
    • 第41代 (パートナーは保永昇男)

国際プロレスおまとめ動画集

冨宅 飛駈
1969/1/30

日本のプロレスラー、総合格闘家。本名は冨宅 裕介。大阪府堺市出身。

来歴

少年時代は柔道を経験、1989年のUWF新人テストを受けて合格。同期には垣原賢人、長井満也がいる。

1990/8/13、冨宅祐輔のリングネームで、横浜アリーナでの垣原賢人戦でデビュー。同年末?翌年初頭の第2次UWF解散では船木誠勝に従い、プロフェッショナルレスリング藤原組へ参加。1991年7月にはムエタイのラフィ・ナ・パタヤと異種格闘技戦を行う。

1993年に船木らと共に藤原組から離脱、パンクラスを旗揚げ。元来がプロレスファンということもあり、1995年にはヨーロッパでプロレスも行っており、帰国後の12月に行われた船木誠勝戦では試合開始直後にロープに走り、ドロップキックを放ったこともある。1998年には鈴木みのるに勝利している。

旗揚げ当初は勝ち星を重ねてはいたが、徐々に選手層とレベルが上がるにつれて低迷するも、ベテランでありながら真っ向からルーキーと対戦する姿勢は評価を受けた。2003/2/16の星野勇二戦を最後に総合格闘技の試合は行っていない。

現在はパンクラスMISSION所属の上、大阪プロレスを中心にエンターテインメントとしてのプロレスで活躍している。

人物

  • 「冨宅飛駈は何者かと問われたら、冨宅飛駈としか言い様がない」と言われる程、独特の世界観を構築している。
  • 週刊プロレス選手名鑑のアンケートで毎年ボケをかましているが、そのほとんどが下ネタである。
  • 鈴木みのる20周年興行で解説を務めた金澤克彦が冨宅飛駈のデビュー時、彼の試合が第1試合だったため試合後にインタビューを取りに行ったところ、数十分間にわたって喋り続け、第2試合を見逃したと恨み節(?)を炸裂させていた。

パンクラスビデオ紹介

MARU
1981/1月/30

本名:丸山 美和、日本の元女子プロレスラー。身長160cm、体重55kg、血液型O型。埼玉県鴻巣市出身。現在はI&Iファクトリーに所属する女優。

経歴

1996年、映画会社パル企画内にあるテロワール(プロダクション)に所属、多数の舞台とVシネマに出演。

2000年6月、アストレスのオーディションを受けるも落選、そのまま吉本女子プロレスJd'に入門。同年12/29、東京・後楽園ホールにおいて、アストレス1期生の大森彩乃戦でデビュー。

2003年11月、斎藤啓子とタッグチーム「チームOK」を結成し、師匠であるジャガー横田、ライオネス飛鳥組と対戦。

2004年4月にJDスターを脱退するが7月に格闘美興行で亜沙美とシングルで対戦、その後JDスターに復帰。12/19には自らが提唱したジュニアオールスター戦『EXPERT~新世代』を開催。

2005/9/17、斎藤と共に引退興行「OK FINAL」で引退。

引退後、海外留学しながらTRAPPERに参加。

2007年4月に正式に劇団TRAPPERに加入(所属はI&Iファクトリー)。11月には真夏竜主宰の真夏座に初登場。以降レギュラーメンバーになる。

2008年7月6日に劇団TRAPPERがI&Iファクトリーから脱退し、I&Iファクトリーに残留したMARUは斎藤と共に真夏座に正式加入。10月には斎藤と再出発イベントで二人芝居を発表。9月には斎藤との二人芝居で初の脚本に挑戦。

2009/7/24付で真夏座とI&Iファクトリーが関係解消となり、MARUと斎藤は真夏座から離脱。

タイトル歴

  • TWF世界タッグ(第18代、パートナーは藪下めぐみ
  • Jd'ジュニア(第7代、第8代)

入場テーマ曲

  • 「スカイブルー」

女優としての活動

プロレス入門前
  • Vシネマ『真・恐怖体験』(1999年)
  • Vシネマ『呪霊 (VIDEO)』(2000年)
プロレス引退後
  • 「新木場☆ストア ーハウス』
  • 「港崎遊郭」
  • 「SO LA LA LA~僕の空には虹がある~」
  • 「BLUE SKY GRACE」(TRAPPER本公演)
  • 「ゲラップ・ベイベ~」

ゴージャス" ジノ・ヘルナンデス
Gorgeous" Gino Hernandez

1957/8/14 -
1986/1/30

チャールズ・ウォルフCharles Wolfe、アメリカ合衆国のプロレスラー。テキサス州ハイランドパーク出身。1973年に日本で客死したプロレスラー、ルイス・ヘルナンデス継父にあたる。

地元のテキサスを主戦場に、サンアントニオとダラスの2大プロモーションを股にかけて活躍。プロレス界でも屈指のハンサム・ガイでありながら、持ち前の向こうっ気の強さを活かし、不良系のヒールとして名を馳せた。イタリア系とヒスパニック系のハーフであり、ハンサム・ハーフ・ブリードThe Handsome Half-Breed)の異名を持つ。そのキャラクターは、弟弟子ショーン・マイケルズのハートブレイク・キッドにも通底している。

来歴

亡父ルイス・ヘルナンデスの従兄弟でもあるメキシコ系アメリカ人のスター、ホセ・ロザリオのトレーニングを受け、サンアントニオのSCW(Southwest Championship Wrestling)にて1975年にデビュー。その後、ベビーフェイスの新鋭としてザ・シークが牛耳るデトロイト地区で修業を積み、1977年1月にはブルドッグ・ドン・ケントを破りNWA USヘビー級王座を獲得した。

同年の下期よりテキサスに戻り、フリッツ・フォン・エリックが主宰するダラスのNWAビッグ・タイム・レスリング(後のWCCW)を主戦場とする。翌1978年3月、全日本プロレス『エキサイト・シリーズ』に初来日。同シリーズ後半戦にはリック・フレアーが特別参加しており、後のキャラクター形成に大きな影響を受けることとなる。以降は"ゴージャス・ジノ" を名乗り、フレアー・タイプの色悪系ヒールに転向。デビッド・フォン・エリックとNWAテキサス・ヘビー級王座を巡る抗争を開始し、師匠のホセ・ロザリオとも遺恨試合を展開した。また、タッグ戦線ではジミー・スヌーカやブルーザー・ブロディのパートナーに起用され、NWAテキサス・タッグ王座を計3回獲得している。

ダラスには1980年まで定着し、1981年からは古巣のサンアントニオSCWに復帰。2/27にはヒューストンでチャボ・ゲレロからNWAインターナショナル・ジュニアヘビー級王座を奪取している。同年8月、全日本プロレスの『スーパー・アイドル・シリーズ』に再来日。同シリーズではジプシー・ジョーの相棒となり、マスカラス兄弟(ミル・マスカラス&ドス・カラス)やリッキー・スティムボートらアイドル勢を相手にイキのいいラフファイトを披露、ヒールとしての持ち味を日本でも遺憾なく発揮し、次回の来日が期待された。

この時期、ジム・バーネットが主宰するNWAジョージア地区にも登場。ロディ・パイパーのインタビュー・コーナーに出演し、女優ファラ・フォーセットのバースデイ・パーティーに招待されたことを鼻にかけ、彼女をモノにしたと嘯くなど色悪ぶりをアピール、同地区のトップ・ベビーフェイスとして女性ファンの支持を集めていたトミー・リッチを挑発した。

本拠地のSCWではニック・ボックウィンクルのAWA世界ヘビー級王座にも挑戦。タッグでは、団体のプロモーターであるジョー・ブランチャードの息子タリー・ブランチャードとダイナミック・デュオThe Dynamic Duo)を結成。1981年から1983年にかけて、SCWサウスウエスト・タッグ王座を5回に渡って獲得、ワフー・マクダニエル&テリー・ファンクなどの強豪チームを相手に激闘を繰り広げた。

1984年、ブランチャードのNWAミッドアトランティック地区移籍に伴い、チームを解散して再びダラス地区に参戦。同年6/23、手本としていたリック・フレアーをトーナメントの決勝で撃破しテキサス・ヘビー級王座に返り咲く。1985年からは"ジェントルマン" クリス・アダムスを新パートナーにダイナミック・デュオを再編。NWAアメリカン・タッグ王座を巡るフォン・エリック兄弟(ケビン&ケリー・フォン・エリック)との抗争劇は、同地区のドル箱カードとなった。

1986年、当時ダラス地区と提携を結んでいた新日本プロレスへの来日が決定。アダムスとのコンビで2月28日開幕のシリーズへの参加が発表されたが、来日を目前に控えた2月4日、ハイランドパークの自宅で死亡しているところを発見される。検死の結果、死亡日は1/30、死因はコカインの過剰摂取と判明した。28歳没。あまりにも突然の死のため自殺説や他殺説も囁かれたが、いずれも推測の域を出ていない。

獲得タイトル

SCW(サンアントニオ地区)
  • SCWサウスウエスト・タッグ王座:5回(w / タリー・ブランチャード)
  • SCW世界タッグ王座:2回(w / タリー・ブランチャード)
WCCW(ダラス地区)
  • NWAアメリカン・ヘビー級王座:3回
  • NWAアメリカン・タッグ王座:5回(w / エル・グラン・マルクス×2、ゲーリー・ヤング、クリス・アダムス×2)
  • NWAテキサス・ブラスナックル王座:1回
  • NWAテキサス・ヘビー級王座:6回
  • NWAテキサス・タッグ王座:3回(w / ジミー・スヌーカ、パク・ソン、ブルーザー・ブロディ)
  • NWA世界6人タッグ王座:1回(w / クリス・アダムス&ジェイク・ロバーツ)
その他
  • NWAインターナショナル・ジュニアヘビー級王座:1回
  • NWA USヘビー級王座(デトロイト版):1回

  


今日のプロレス 興行日程
[すべて見る]
お近くの人は是非見に行きましょう!
団体 会場  
新日本
後楽園ホール

IWGPヘビー級王座挑戦者決定戦
真壁刀義 vs 小島聡


棚橋弘至/後藤洋央紀vs高橋裕二郎/内藤哲也

IWGPジュニアタッグ選手権試合
プリンス・デヴィット、田口隆祐 vs TAKAみちのく、NOSAWA論外

天山広吉、永田裕志、井上亘 vs 中邑真輔、矢野通、飯塚高史

中西学、ストロングマン、キング・ファレ vs ジャイアント・バーナード、カール・アンダーソン、タマ・トンガ

獣神サンダー・ライガー、金本浩二、タイガーマスク vs 石井智宏、外道、邪道

本間朋晃 vs タイチ

18:30
健介オフィス
埼玉・健介オフィス道場

13:00
大日本
愛知・クラブダイヤモンドホール

BJW認定タッグ選手権試合:蛍光灯&ラダー&凶器持ち込みタッグデスマッチ
葛西純、“黒天使”沼澤邪鬼 vs バラモンシュウ、バラモンケイ

関本大介、岡林裕二 vs 佐々木義人、石川晋也

伊東竜二、シャドウWX、アブドーラ・小林、佐々木貴 vs 宮本裕向、竹田誠志、木高イサミ、星野勘九郎

河上隆一、忍 vs 塚本拓海、橋本和樹
大黒坊弁慶、大橋篤 vs 稲葉雅人、谷口裕一

18:00
パンクラス
第16回NEO BLOOD TOURNAMENT予選
東京・ゴールドジムサウス東京アネックス

15:00
DDT
Sweet Dreams!2011
東京・後楽園ホール

KO-D無差別級選手権王座統一戦
[第34代KO-D無差別級王者]ディック東郷vs
)アントーニオ本多[現KO-D無差別級暫定王座]

DDT東京闘会始’11
ケニー・オメガ、飯伏幸太vsHARASHIMA、KUDO×

「誰かの主催興行」興行権争奪バトルロイヤル
石井慧介、安部行洋、男色ディーノ、タノムサク鳥羽、中澤マイケル、DJニラ、石井慧介、星誕期、安部行洋、大石真翔
※この試合の勝者に、3月6日新木場1stRING・ブランド三分の計で19:00から行なわれる「誰かの主催興行」の興行主となる権利が与えられる。

高尾蒼馬、松永智充vs佐々木大輔、佐藤光留
GENTARO、ヤス・ウラノvsMIKAMI、美月凛音
彰人vs平田一喜

12:00
大阪プロ 大阪ミナミ・ムーブ・オン・アリーナ 13:00
沖縄プロ 沖縄・デルフィンアリーナ国際通り 18:00
スマッシュ
SMASH Live in Osaka
大阪・世界館

TAJIRI、AKIRA vs スターバック、大原はじめ
KUSHIDA vs スペル・クレイジー
華名 vs ジェシカ・ラブ

13:00
フーテンプロ
バチバチ43
ラゾーナ川崎プラザソル
バチバチ

池田大輔、石川雄規 vs 真霜拳號、橋誠
長井満也 vs スルガマナブ
臼田勝美 vs 関根龍一
フジタ“Jr”ハヤト vs NARITA
小野武志 vs ホワイト森山

17:00
九州プロレス 
バトルエスパシオ スカラエスパシオ
九州プロレス

筑前りょう太 vs めんたい☆キッド
阿蘇山、桜島 vs 相島勇人、ディアブロ
田中純二 vs 台風1号
クルメンひろせ vs ショーイチ

15:00
WAVE
プロレス大感謝祭~プロレスリングWAVE EXTRA・7 in NAGOYA
愛知・クラブダイアモンドホール

GAMI/水波綾/松本浩代vs
桜花由美/バンビ/大畠美咲

浜田文子/下野佐和子vs加藤園子/小松奈央

広田さくらvs豊田真奈美

植松寿絵vsチェリー

春日萌花/中川ともかvs紫雷美央/紫雷イオ

13:00
シュートボクシング 大阪・松下IMPホール 14:00




試合結果
1/29
nikkansports.comより

◆新日本
飯塚高史、矢野通、○中邑真輔[12分13秒 体固め]×キング・ファレ、永田裕志、天山広吉
タイチ、NOSAWA論外、○小島聡[12分45秒 体固め]×田口隆祐、デヴィット、真壁刀義
タイガーマスク、○後藤洋央紀、棚橋弘至[17分4秒片 エビ固め]石井智宏、×内藤哲也、高橋裕二郎

◆ノア
中嶋勝彦、○佐々木健介[17分14秒 体固め]×谷口周平、森嶋猛
秋山準、○スミス、高山善広[22分8秒 片エビ固め]青木篤志、×丸藤正道、杉浦貴
▽GHCジュニアヘビー級選手権
○鈴木鼓太郎(王者)[29分40秒 エビ固め]×エドワーズ(挑戦者)

◆大阪プロ
ゼウス、○Thebodyguard[5分30秒 体固め]秀吉、×HAYATA
○ビリーケン・キッド、小峠篤司、原田大輔[15分33秒 片エビ固め]ミラクルマン、×くいしんぼう仮面、えべっさん
▽大阪プロレスタッグ選手権時間無制限1本
空牙、○ヲロチ(王者組)[20分25秒 体固め]×タイガースマスク、ブラックバファロー(挑戦者組)

◆沖縄プロ
○シーサー王[10分4秒 ファイナルシーサーDX]×エイサー8
▽3WAYマッチ
○ヤンバルクイーンナ[10分41秒 クイナの卵]×ウルトラ☆マンゴー
※もう1人の選手はタイパン
○怪人ハブ男、グルクンダイバー[16分28秒 猛毒波布空爆]×めんそーれ親父、ミル・マングース

◆K-DOJO
▽タッグリーグBブロック
公式戦旭志織、○佐藤悠己(2点)[10分58秒 片エビ固め]田村和宏、×那須晃太郎(2点)
▽同Aブロック
マリーンズマスク、○柏大五郎(2点)[13分14秒 柏クラッチ]×HIROKI、リッキー・フジ(2点)
火野裕士、稲松三郎(3点)[時間切れ引き分け]大石真翔、ヒロ・トウナイ(3点)

◆スマッシュ(1部)
○セリーナ[9分30秒 片エビ固め]×朱里
○マイケル・コバック[15分6秒 首固め]×スターバック
▽FCFチャンピオンシップ60分1本
○TAJIRI(王者)[18分58秒 片エビ固め]×スペル・クレイジー(挑戦者)

◆スマッシュ(2部)
○大原はじめ、ジェシカ・ラブ[8分9秒 エビ固め]×KUSHIDA、Mentallo
○スターバック[16分3秒 片エビ固め]×スペル・クレイジー
▽FCFチャンピオンシップ60分1本
○マイケル・コバック(挑戦者)[12分31秒 体固め]×TAJIRI(王者)

◆アイスリボン
○宮城もち[1分46秒 エビ固め]×つくし
○りほ[7分13秒 片エビ固め]×松本都


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1/29 プロレス/格闘技 今日は何の日? nWo vs NJPW - スコット・ノートン/バグ・パウェルvs佐々木健介/小島聡 他



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バトルロイヤル

 2011/1/29

プロレス/格闘技 ニュース

Sportsnavi
nikkansports.com
スポニチ
東スポ
  • 棚橋が杉浦にMVP対決要求
  • 澤田が“ダメ出し”小川を一喝 2・5GENOME14なぜ出てこない
  • ディスオベイ率いるヨネがKENTA獲得を勝手に発表
  • TAJIRI窮地!SMASH新宿3外国人にベルトのチャンス
  • 井上京子が女子プロ新団体設立 WWWD3・21有明で旗揚げ
デイリースポーツ
格闘技WEB
マガジンGBR
リアルライブ
 バトル・ニュース




今日のYouTube追加動画

 
SMASH
記者会見 2011/1/28/2/3/3/3

NJPW
1992/8/6
静岡産業館

飯塚高史vsスーパー・ストロング・マシン

エル・サムライ vs 保永昇男

橋本真也 vs 越中詩郎

NJPW
棚橋が「東スポ&サンリオ愛してま?す」

Chikara
Special Update (2011/1/28)

ガッツワールド
2010/9/20

Guts World Vol.43 MV

大阪プロレス
2010/10/31

Osaka Pro Wrestling Battle Autumn MV

SPG
2006/11/29

SGP MV 

NEO
2010/11/28

NEO The Last Holy Fight In Kinema MV

JWP
2010/11/28

JWP Revolution MV

インディワールド
1998/78/22

Indie World Vol.2 MV





動画で紹介!
プロレス/格闘技 今日は何の日?



nWo vs NJPW
スコット・ノートン/バグ・パウェルvs佐々木健介/小島聡

1997/1/29
福島


 



DVD/ビデオの紹介!
プロレス/格闘技 今日は何の日?


 

平成格闘DAY BREAK
2大最強バウト
異種格闘技
平成格闘DAY BREAK
1989/1/29
後楽園ホール

 

長与千種vsライオネス飛鳥
堀田祐美子vsメオ・タイ


KING of SPORTS 11
KING of SPORTS11
2005/1/29
札幌・テイセンホール


西村修vs鈴木みのる
藤波辰爾公開練習
ヒロ斎藤vs外道
永田裕志vsマスクド・CTU・ライガー
棚橋弘至vs竹村豪氏
中邑真輔vs松田納

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番外編
プロレス/格闘技今日は何の日?


AJPW
1982/1/29
愛媛会館

スタン・ハンセン/ケリー・キニスキー vs グレート小鹿/大熊元司 
ミル・マスカラス/ドス・カラス vs 上田馬之助/鶴見五郎

AJPW
1988/1/29
後楽園ホール

アジアタッグ
石川敬士/マイティ井上 vs 川田利明/サムソン冬木
天龍源一郎/阿修羅・原 vs ジョン・テンタ/高木功 
輪島大士/ザ・グレート・カブキ vs ピート・ロバーツ/ポール・ハリス

AJPW
1994/1/29
後楽園ホール

ジャイアント馬場/三沢光晴/小橋健太 vs 川田利明/田上明/渕正信 
あすなろ杯
秋山準 vs 大森隆男 
ダグ・ファーナス/ダニー・クロファット vs ロブ・バン・ダム/リチャード・スリンガー

レッスル・リユニオン
2005/1/19
フロリダ

グレッグ・バレンタイン、ジェイク・ロバーツ、チャボ・ゲレロ・シニア、バグジー・マグローらがバトルロイヤルに出場した(当日はダスティ・ローデス、ハーリー・レイス、ザ・ファンクス、アブドーラ・ザ・ブッチャー、ロディ・パイパー、ジミー・スヌーカ、カウボーイ・ボブ・オートン、マスクド・スーパースターなども参加し、エキシビション・マッチを行っている

NEO
2005/1/29

千春が対田村欣子戦で眼窩底骨折の重傷を負う。
この負傷が原因で2006年に現役を引退(6/29)
(引退後はNEOのリングアナウンサー)

WWE
2006/1/29
アメリカン・エアラインズ・アリーナ

第19回 ロイヤル・ランブル
ジョン・シナが世界ヘビー戴冠

息吹
2006/1/29
新木場1stRING

第五回大会

アイスリボン、さくらえみが椎名由香の代打で出場。夏樹☆ヘッドと組み闘獣牙Leon、バンビ組と対戦。

栗原あゆみが中川ともかと対戦。腕ひしぎ逆十字固めでギブアップ勝ち。

DDT
2006/1/29
後楽園ホール

2005年に一宮が引退し社長も辞任した為、
社長職をかけて高木、三和兄弟(三和会長と弟の三和太)、泉州力、大鷲透、ゴージャス松野、すぎはら美里、子川直也、大家健、ヨシヒコの10人でロイヤルランブルを行い、優勝した高木が4代目社長に就任した。

橋本友彦がフリーに
(2009/6 渋谷区の飲食店に長時間居座り、売上金約30万円を脅し取ったとして、警視庁に逮捕された。7月、弁護士を通して声明文を発表。8/16のミナミ興行にてMAKEHEN活動を一時休止し代表を辞任する)

マサ高橋がポイズン澤田JULIE率いる蛇界に取り込まれマサ高マムシに変更。





プロレス/格闘技
今日のテレビ放送/出演


サムライTV 22:00
Sアリーナ
2011年1月29日(土)号

試合映像や記者会見など、マット界の最新
情報を夜10時から生放送!今夜は引退目前
の借金王がスタジオ登場!
<ニュース>
●アパッチ 1.28新木場1st RING
●JWP 1.28板橋大会
●その他

●ゲスト/安田忠夫(フリー)

23:00
DEEP 50 IMPACT
2010/10/24JCBホール

●DEEPライト級タイトルマッチ
菊野克紀(ALIANCE)vs
帯谷信弘(木口道場)
●DEEPウェルター級タイトルマッチ
白井祐矢(TeamMAD)vs
岩瀬茂俊(T-BLOOD)
●5分3R
今成正和(Team-ROKEN)vs
DJ.taiki(フリー)
●5分3R
青木真也(パラエストラ東京)vs
ヨックタイ・シスオー(ヨックタイジム)
●日本対韓国対抗戦
菊田早苗(GRABAKA)vs
キム・イサク(CMAKOREA)


テレ朝 27:11
ワールドプロレスリング

超ドーム級の迫力!
IWGPタッグ選手権3WAYマッチ!
スーパーヘビー級の大男6人がリング狭しと暴れまわる様は圧巻!
まさかのバズーカ砲発射&マシンガン乱射に東京ドームがぶっ壊れる!?

いったいなぜ、そこまで・・・
飯塚は野上アナを襲うのか。
飯塚の放送席襲撃で何度となく餌食となってきた野上アナが一念発起。
永田さんいわく「闘いも実況も大事なのはハート」ということで、
悪に屈しない精神力を養うべく、まさかの青義軍入り!?
永田、井上、マシン、ファレらと新日本道場で猛特訓!

レスラー仕様の全8種目、2時間にも及ぶハードトレーニング。
スクワットで足はガクガク、さながら生まれたての子羊と化した野上アナ。

いったいなぜ、そこまで・・・
永田は野上アナをシゴクのか。

新婚ホヤホヤ たるんだ心に青義を注入!
身も心もまさに丸裸!!野上慎平、26 歳。
流した汗は、嘘をつかない。





プロレス/格闘技
今日のバースデイ / 忌日


篠真一
1957/1/29



マッチョ☆パンプ
1966/1/29

日本のプロレスラー、マスク・クリエーター。本名は梅本 和孝。京都府京都市出身。血液型はB型。

来歴

  • プロレスのマスク・コスチューム制作会社を経営しながら、アスレティックトレーナー・ボディビルダーを経てプロレスラーとしてデビュー、翌年にみちのくプロレス入団後「ミステル・カカオ」から「マッチョ☆パンプ」にリングネームを改名し現在はフリーで様々な団体に参戦している、2006年から覆面レスラー参戦の『覆面MANIA』開催、以降リングネームをミステル・カカオと使い分けてマスクマンとしてリングに上がっている。
  • プロレスラーを目指していたサラリーマン時代の小橋建太のパーソナル・トレーナーとして筋力トレーニングの指導をしていた事も有る。
  • ボディビルダーとしては「ミスター京都」など、いくつかのタイトルを獲得している。
  • マスク・クリエーターとしては業界屈指の腕前であり、多数のレスラーのマスク・コスチュームなどを手掛けている(名義は「ミステル・カカオ」のままで)。

タイトル歴

  • CMLLジャパンタッグ王座
  • CDDIタッグ王座(パートナー:斗猛矢)

入場テーマ曲

  • 「アフリカン・シンフォニー」(ヴァン・マッコイ)

中島 小百合
1970/1/29

日本の元女子プロレスラー。身長166cm、体重58kg、血液型A型。北海道常呂郡出身。

経歴・戦歴

1985年
  • 6/14、北海道・函館市民体育館において、対神崎文枝戦でデビュー。
1987年
  • 11/12、埼玉・戸田市スポーツセンターにて同期の浅生恭子と共に引退。

引退後は銀座の某デパートに就職。ベルト販売


宮沢誠
1971/1/29



中迫 剛
1974/1/29

日本のキックボクサー。大阪府豊中市出身。ZEBRA244所属。バックボーンは正道空手(初段)。

K-1ヘビー級ファイターであり、長身でスタイリッシュなファイトスタイルが特徴で、JAPANの貴公子魔界のプリンスのニックネームを持つ。

長い手足を活かした空手ベースの打撃を得意とする。メンタル面での弱さが長年の課題。

2005/12/18の試合から中迫 強とリングネームを改名した。

来歴

1998年にK-1デビューを果たし、同年のJAPAN GPで準優勝を果たした。佐竹雅昭、武蔵に次ぐJAPANのエースと期待されたものの、なかなか結果を残せなかった。

2001/3/17、K-1 GRADIATORS 2001でグラウベ・フェイトーザと対戦し、左ハイキックでKO負け。

2002/1/27、2001年WORLD GP王者マーク・ハントと対戦。右ハイキックでハントから生涯初のダウンを奪い、さらに左ハイキックでハントをKO寸前にまで追いつめるも、ハントに3回ダウンを奪い返され、KO負け。これだけでなく2002年の中迫は、ボブ・サップとの試合で、サップの反則ファイトに真っ向から立ち向かい殴り合ったり(この試合は中迫の反則勝ち)、JAPAN GPで好調に勝ち進み、決勝戦で武蔵と最後まで互角に渡り合った。

だが、その後2003年からまたもや低迷期に入る。2004年は、武蔵不在のJAPANグランプリで優勝候補と言われながら初戦で敗退するなど、散々な結果であった。

2005/6/14、K-1 JAPAN GPの1回戦で後輩に当たる堀啓と対戦。2001年の子安慎悟戦で見せたような気迫で真っ向勝負を挑んだが、判定負け。試合後のコメントでは「蹴りが右半分見えないから、インファイトをやるしか無かった」と語った。

2005/12/18、「R.I.S.E. DEAD OR ALIVE TOURNAMENT '05」のスペシャルワンマッチに出場し、百瀬竜徳と対戦しドローに終わる。この試合からリングネームを中迫 強に改名。

2006/6/3、K-1 WORLD GP 2006 in SEOULで行われたASIA GPに参戦。1回戦でガオグライ・ゲーンノラシンと対戦し、ダウンを奪い判定勝利。3度目の対戦でようやくリベンジを果たした。しかし、準決勝では藤本祐介に足の負傷もあってか、判定負け。

さらに、同年7月に開催された「K-1 REVENGE 2006」でワンマッチで出場し、ビヨン・ブレギーと対戦したが、ブレギーのパワーの前に、ほとんど何もできずに1ラウンドでKO負け。

2007/3/4、「K-1 WORLD GP 2007 IN YOKOHAMA」でザビット・サメドフと対戦するも判定負け。試合後に「膝に水が溜まり満足に練習出来なかった」とコメントした。

2007/8/11、「K-1 WORLD GP 2007 IN LAS VEGAS」でアレキサンダー・ピチュクノフと対戦し、判定負け。

2007/12/22、チームドラゴン主催興行で強太郎レンジャーと対戦し、KO負け。

2008/4/13、K-1 WORLD GP 2008 IN YOKOHAMAのオープニングファイトで佐藤匠と対戦し、判定勝ち。

2008/6/29、K-1 WORLD GP 2008 IN FUKUOKAで行われたK-1 JAPAN GPに出場。1回戦でベルナール・アッカに判定勝ちしたものの、準決勝でエヴェルトン・テイシェイラにダウンを奪われ判定負け。

人物

  • 試合前インタビューでは、闘志を見せる言動を必ずしている(「『世界に一つだけの花』は、僕らの世界では綺麗事。一番にならなければ意味が無い」、「鬼になる、ヒールになる」など)が、その言動と試合内容との乖離が目立ちがちである。
  • ヒップホップ好きで、ファッションも典型的なB-BOYファッションである。空手を始める前はヘヴィメタル好きであった。
  • B級映画や漫画への造詣も深い。
  • K-1ブログ最終回では、2008年12月よりイタリアンラウンジ「BANCARA(バンカラ)」のオーナーをしていることを告白。
  • ブログやオフィシャルサイトはないが、Twitterでは趣味を中心につぶやいている。
  • 格闘家界きってのサッカーフリーク。2010 FIFAワールドカップでは、産経新聞にてコラム「中迫剛の蹴闘三昧」を連載。
戦績
47試合19勝26負2分

しなし さとこ
1977/1/29

日本の総合格闘家。本名(旧姓)は尻無 智子(しなし さとこ)。東京都足立区出身。フリーランス。スマックガール初代フライ級王者。日本体育大学卒業。

来歴

聖徳大学附属中学校(現・聖徳大学附属女子中学校)3年時に京北高校柔道部の監督だった父の影響から柔道を始め、日本体育大学在学中、全日本学生選手権でベスト8となった。

卒業後、サンボに転向。2000年11月にはサンボ世界選手権女子48kg級で銅メダルを獲得。2001年には全日本女子レスリング選手権大会でベスト8となった。

2001/9/27、スマックガールにて角田絵美相手に総合格闘技初挑戦(アマチュアルール)。この時からリングネームはしなしさとこであった。同年10/31、AX旗揚げ戦で藤井惠とエキシビション・サンボジャケットマッチを行った。

2001/12/26、AX第2戦で亜利弥'相手にプロデビュー。以来、修斗、DEEP、シュートボクシングなど様々な興行に出場。

2002年に全日本ブラジリアン柔術選手権金メダルを獲得。同年、スマックガールのJAPAN CUPライト級トーナメントで渡邊久江を下し優勝。2005年11月には大室奈緒子に判定勝ちしスマックガールフライ級王座を獲得し、渡辺久江との再戦をアピールするも、右眼底骨を骨折した。

2006/4/11の復帰戦でも勝利するも、8/4のDEEP 25で行われたDEEP女子ライト級王者決定戦で渡辺久江に1ラウンドKO負けを喫し初黒星となった。

2007/11/3、結婚。同年10/9、DEEP 32の試合後のリングで「私事ですが結婚することになりました」と発表していた。

2008/2/22、DEEP 34にて開催されたDEEP女子フライ級王者決定トーナメントで、浜田福子、SACHIを下し初代DEEP女子フライ級王者となったが、5/19のDEEP 35では、総合3戦目のプロレスラー・市井舞に0-2の判定負け。10/23、DEEP 38で関友紀子と対戦し、腕ひしぎ十字固めで勝利する。

2009/1/23、DEEP佐伯繁代表から妊娠4か月で7月に出産予定であり、王座防衛期限を「産休・育児休暇扱い」で1年間延ばすことが発表された。7/5に男児を出産。

戦績
33試合29勝2負2分

獲得タイトル

  • 初代DEEP女子フライ級王座

エリオ・グレイシーH醇Plio Gracie
1913/10/1 - 2009/1/29 

ブラジル出身の男性ブラジリアン柔術家であり、グレイシー柔術の創始者。ブラジリアン柔術十段(赤帯)。ガスタオン・グレイシー家の五男。身長170cm、体重65kg。

来歴

父ガスタオン・グレイシーから依頼され前田光世は兄カーロス・グレイシーやエリオを含む5人兄弟に柔道(柔術)の技術と精神を教えていた。その後、カーロスとエリオは、グレイシー柔術の技術体系を築き、エリオは「グレイシー柔術アカデミー」総裁となる。1930年代からバーリ・トゥードを戦い始め、約20年間無敗を誇りブラジルスポーツ界の英雄となる。

43歳の時、弟子であったヴァウデマー・サンターナと対戦。3時間以上の試合となったがKO負けとなり、この試合を最後に引退した。

90歳を過ぎてからも、道着に袖を通し道場に姿を現しては稽古、指導を行っていた。

2008年2月に、ヒクソン・グレイシーを会長とする全日本柔術連盟(JJFJ)の相談役に就任した。

2009/1/29、リオデジャネイロ郊外のBeneficencia Portuguesa Hospitalにおいて死去。享年95歳。

日本人柔道家との対戦

1951/9/6にリオデジャネイロ市で加藤幸夫とブラジリアン柔術ルールで対戦し、10分3ラウンド引き分け。9/23に再戦し8分目で加藤を絞め落としエリオの一本勝ち。

1951/10/23にブラジルリオデジャネイロ市のマラカナン・スタジアム(観衆はブラジル大統領を含む3万人)で木村政彦と対戦(10分3ラウンド)。2R開始3分で大外刈からのキムラロック(本来の名称は柔道の腕がらみ。木村が掛けた技である為、後にこう呼ばれる。)で腕を取られ、エリオは意識がなくなっていた(一説に骨折したと言われている)ため兄のカーロスがタオルを投入し敗北した。

他にも、矢野武雄、冨川富興、小野安一(2度対戦し2引き分け)らと対戦したが、木村以外に対しては不敗であった。

家族

  • 父ガスタオン・グレイシー
  • 長兄カーロス・グレイシー(Carlos Gracie
  • 四兄ジュルジ・グレイシー
  • 長男ホリオン・グレイシー(Rorion Gracie)1952/1/10生
    • ヒイロン・グレイシー(ホリオンの長男)
    • ヘナー・グレイシー(ホリオンの次男)
    • ハレック・グレイシー(ホリオンの三男)
  • 次男ヘウソン・グレイシー(Relson Gracie)1953/3/28生
  • 三男ヒクソン・グレイシー(Rickson Gracie)1959/11/21生
    • 孫ハクソン・グレイシー(Rackson Gracie、ヒクソンの長男)
    • 孫クロン・グレイシー(ヒクソンの次男)
  • 四男ホウケル・グレイシー(Rolker Gracie)1964/722生
  • 五男ホイラー・グレイシー(Royler Gracie)1965/12/6生
  • 六男ホイス・グレイシー(Royce Gracie)1966/12/12生
  • 七男ホビン・グレイシー(Robin Gracie) 1971/8/17生

  


今日のプロレス 興行日程
[すべて見る]
お近くの人は是非見に行きましょう!
団体 会場  
新日本
栃木・ニューサンピア栃木

棚橋弘至、後藤洋央紀、タイガーマスク vs 高橋裕二郎、内藤哲也、石井智宏
IWGPヘビー級王座挑戦者決定戦&
IWGPジュニアタッグ前哨戦
真壁刀義、本間朋晃、プリンス・デヴィット、田口隆祐 vs 小島聡、TAKAみちのく、NOSAWA論外、タイチ

天山広吉、永田裕志、キング・ファレ vs 中邑真輔、矢野通、飯塚高史

中西学、ストロングマン、金本浩二 vs ジャイアント・バーナード、カール・アンダーソン、獣神サンダー・ライガー

井上亘、タマ・トンガ vs 外道、邪道
三上恭佑 vs 高橋広夢

18:00
ノア
東京・後楽園ホール

GHCジュニア・ヘビー級選手権試合
鈴木鼓太郎 vs エディ・エドワーズ
※第20代王者・鈴木鼓太郎、初防衛戦

杉浦貴、丸藤正道、青木篤志 vs 高山善廣、バイソン・スミス、秋山準

森嶋猛、谷口周平 vs 佐々木健介、中嶋勝彦
潮崎豪、小川良成、KENTA vs モハメドヨネ、金丸義信、平柳玄藩
佐野巧真 vs 石森太二
齋藤彰俊、吉江豊 vs リッキー・マルビン、ボビー・フィッシュ
田上明、志賀賢太郎 vs 井上雅央、起田高志

18:30
大阪プロ 大阪ミナミ・ムーブ・オン・アリーナ 18:00
沖縄プロ 沖縄・デルフィンアリーナ国際通り 20:00
 
土プロDX&大日本プロレス
前夜祭だよ全員集合!!
愛知Sportiva

彰人 vs GENTARO
澤宗紀、マンモス半田 vs 関本大介、大橋篤
柴山貴哉、影山道雄 vs 佐々木義人、岡林裕二
入江茂弘、ノリ・ダ・ファンキーシビレサス vs 諸橋晴也、妻木洋夫

19:00
K-DOJO
KAIENTAI DOJOという名のタッグリーグ戦2011
千葉・Blue Field

公式戦
火野裕士、稲松三郎 vs 大石真翔、ヒロ・トウナイ

柏大五郎、マリーンズマスク vs HIROKI、リッキー・フジ
旭志織、佐藤悠己 vs 田村和宏、那須晃太郎
山縣優、バンビ vs 中川ともか、松本浩代

18:30
スマッシュ
SMASH.12
東京・新宿FACE

FCFチャンピオンシップ
TAJIRI vs スペル・クレイジー
スターバック vs マイケル・コバック
小路晃 vs 大森隆男
KUSHIDA vs Mentallo
朱里 vs セリーナ
リン・バイロン、児玉ユースケ vs 大原はじめ、ジェシカ・ラブ
ワールドトライアウト
AKIRA vs D-レイ3000

12:00
スマッシュ
SMASH.13
東京・新宿FACE

TAJIRI vs マイケル・コバック
※『SMASH.12』でTAJIRI選手がFCF王座防衛に成功した場合はタイトルマッチとなる。
スターバック vs スペル・クレイジー
※『SMASH.12』でクレイジー選手がFCF王座を奪取した場合はタイトルマッチとなる。
KUSHIDA、Mentallo vs 大原はじめ、ジェシカ・ラブ
AKIRA vs 大森隆男
真琴 vs セリーナ
朱里、児玉ユースケ vs 小路晃、リン・バイロン
ワールドトライアウト
木藤裕次 vs D-レイ300

18:00
アイスリボン
アイスリボン259
埼玉・イサミレッスル武闘館

志田光vs飯田美花(フリー)

つくしvs宮城もち

りほvs松本都

趙雲子龍/ヨネヤマカオ・リー(新北京プロレス)/真琴vs
CHANGO(フリー)/みなみ飛香/都宮ちい

13:00




試合結果
1/27
nikkansports.comより

◆沖縄プロ
シーサー王、○怪人ハブ男[10分6秒 亜留魔下首領]×ミル・マングース、ヤンバルクイーンナ
○タイパン[7分33秒 裸絞め]×キジムナー
○めんそーれ親父、ウルトラ☆マンゴー[16分3秒 親父ぬい]×グルクンダイバー、エイサー8

◆アパッチプロレス
○田中将斗(15分27秒 スライディングD)黒田哲広×
○山本喧一、佐藤耕平(16分44秒 キャプチュード)橋本友彦、アパッチ小坂井×
アパッチ認定ロッキー選手権試合
○新宿鮫(9分13秒 ムーンサルト・プレス)菊タロー×
俳優・脇知弘アパッチ入団!本格プロレスデビュー第二戦
○嵐、アパッチ小坂(9分26秒 嵐落とし)橋本友彦、脇知弘×
○金村キンタロー(5分50秒 投げっ放しジャーマン)佐藤悠己×

◆プチでら
○入江茂弘、TAKASHI(18分44秒 テディベア)澤宗紀、影山道雄×
○グランパスマスク(7分24秒 首固め)笠木峻×
■特撮ヒーローマッチ
○仮面ハンダー(3分39秒 半田キック→KO)怪人クモ男×
○彰人(10分40秒 変形アンクルホールド)宮本武士×

◆JWP
▽JWPタッグリーグ・ザ・ベスト2011【ブルーゾーン】公式戦
○Leon、大畠美咲(2点)[9分52秒 noki-Anバックブリーカー]×masume、藤本つかさ(0点)
▽同リーグ【レッドゾーン】公式戦
春山香代子、○倉垣翼(4点)[17分1秒 片エビ固め]×黒木千里、広田さくら(0点)
▽同リーグ【ブルーゾーン】
阿部幸江、○KAZUKI(2点)[15分29秒 エビ固め]×コマンドボリショイ、矢神葵(2点)

◆19時女子
○真琴、さくらえみ[13分45秒 人間風車固め]×飯田美花、志田光


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1/28 プロレス/格闘技 今日は何の日? ジャンボ鶴田vsスタン・ハンセン、小橋健太vsアブドーラ・ザ・ブッチャー 他



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バトルロイヤル

 2011/1/28

プロレス/格闘技 ニュース

Sportsnavi
nikkansports.com
スポニチ
東スポ
  • 丸藤「デスマッチ王座として白GHCを復活させろ」
  • 小島をパンチ頭処刑だ 真壁が理容店に協力要請
  • 安田忠夫ラストマッチは天龍戦 引退興行3試合出場大丈夫か
  • TARUが2・6橋本大地強奪を予告
デイリースポーツ
格闘技WEB
マガジンGBR
リアルライブ
 バトル・ニュース  




今日のYouTube追加動画

 
AJW
1981/1/4

奥村ひとみ/堀あゆみvsデビル雅美/ウェンディ・リヒータ

花やしき
プロレス

番外編
ちびっ子プロレス

NJPW
2011/1/26
千葉ポート

棚橋弘至&中西学&ストロングマンvs-ジャイアント・バーナード&カール・アンダーソン&タマ・トンガ

Chikara
CHIKARA Event Center: February 19 Card

AJW
ミミ萩原vs小峰ひろこ

CMLL
2006/9/15

ミスティコvsアトランティス

AAA
199/11/19

WWA World Welterweight Championship
El Hijo Del Santo vs Heavy Metal/2/3

ルチャ
マスカラ コントラ カベチャラ
El Hijo Del Santo vs Nicho El Millionario/2/3





動画で紹介!
プロレス/格闘技 今日は何の日?



小橋健太七番勝負

小橋健太vsアブドーラ・ザ・ブッチャー

1990/1/28


鉄人 小橋建太
~絶対王者への道~
絶対王者への道



小橋健太七番勝負
'90新春ジャイアント・シリーズ
1990/1/2 後楽園ホール
谷津嘉章×
1990/1/3 後楽園ホール
ザ・グレート・カブキ×
1990/1/14 後楽園ホール
ランディ・ローズ○
1990/1/15 後楽園ホール
リップ・ロジャース○
1990/1/26 後楽園ホール
デイビーボーイ・スミス×
1990/1/27 後楽園ホール
ジャンボ鶴田×
1990/1/28 後楽園ホール
アブドーラ・ザ・ブッチャー×

7戦2勝5敗


三冠ヘビー

ジャンボ鶴田vsスタン・ハンセン

1992/1/28
千葉公園体育館



2/3/3/3



NOAH
Disobey SEM

2010/1/28
ディファ有明


2/3/3/3


佐野 vs 青木 1/2/2/2

 



DVD/ビデオの紹介!
プロレス/格闘技 今日は何の日?


 

獣虎伝説
初代タイガーマスク(佐山聡)~猛虎伝説~1
1982/1/28
東京体育館

タイガーマスクvsダイナマイト・キッド


最強!マスクマン烈伝
Vol.1
最強!マスクマン烈伝

 

1982/1/28 東京体育館
WWFジュニアヘビー級選手権
タイガーマスク vs ダイナマイト・キッド



アントニオ猪木全集 11
闘魂ロードⅡ
未知の強豪達との激闘
アントニオ猪木大全集 12
1982/1/28

 
猪木、ブッチャー初シングル
アントニオ猪木vsアブドーラ・ザ・ブッチャー

獣虎伝説
初代タイガーマスク(佐山聡)~猛虎伝説~5
1993/1/28
古川市体育館

タイガーマスク/星野勘太郎vs
ブラックタイガー/カルロス エストラーダ

マサ斎藤/キラー カーン/長州 力vs
ラッシャー木村/アニマル浜口/寺西 勇

アントニオ猪木/藤波 辰巳vs
マスクド スーパースター/ジョージ



闘争の鐘
闘争の鐘
1996/1/28
後楽園ホール


イーグル沢井vs立野紀代
神取忍/風間ルミ/カルラvs紅夜叉/二上美紀子/キャロル美鳥
ジェンヌゆかりvs遠藤美月
大向美智子vs長嶋美智子
青野敬子vs沖野小百合


鈴木みのるvs
フランク・シャムロック

1996/1/28
横浜



息吹 Vol.6
息吹
2007/1/28
新木場1st RING


第12回大会

第一試合:
輝優優 vs 松本浩代
第二試合:
チェリー vs 市井舞
第三試合:
闘獣牙Leon&佐藤綾子 vs さくらえみ&希月あおい
第四試合:
零 vs 栗原あゆみ
第五試合:
吉田万里子 vs 江本敦





番外編
プロレス/格闘技今日は何の日?


新日本プロレス
1974/1/28
星野勘太郎の発表。
NJPW
1982/1/28
東京体育館

WWF認定ジュニアヘビー級選手権
タイガーマスク vs ダイナマイト キッド

坂口 征二vsラッシャー木村

アントニオ猪木vsアブドーラ ザ ブッチャー

NJPW
1983/1/28
古河市民体育館 

アントニオ猪木/藤波 辰巳vsマスクド スーパースター/ジョージ

マサ斎藤/キラー カーン/長州 力vsラッシャー木村/アニマル浜口/寺西 勇

タイガーマスク/星野 勘太郎vsブラック タイガー/エストラーダ

全日本プロレス
1986/1/28
東京体育館

プロレスクラシック
#89
タイガーマスク vsザ・グレート・カブキ
IWA世界ヘビー級選手権
ミル・マスカラス vs 小林邦昭
インタータッグ選手権
ジャンボ鶴田 & 天龍源一郎 vs 長州力 & 谷津嘉章


 
AJPW
1988/1/28
花巻市民体育館

ジャンボ鶴田/ジョン・テンタ vs アブドーラ・ザ・ブッチャー/TNT 

全日本プロレス
1992/1/28
千葉公園体育館
三冠
ジャンボ鶴田vsスタン・ハンセン
AJPW
2001/1/28
東京ドーム

テリー・ファンク/大仁田厚 vs アブドーラ・ザ・ブッチャー/ジャイアント・キマラ 

天龍源一郎/馳浩 vs 川田利明/佐々木健介

 
新日本プロレス
2004/1/28
後楽園ホール

FIGHTING SPIRIT

成瀬昌由vs.棚橋弘至
2分時間差入場・ヘビー級ニュージャパンランボー
永田/中西/ウルフ/西村/後藤達/ヒロ斉藤/吉江/真壁/天山/安田/魔界1号/蝶野
サムライ/金本浩二/獣神T・ライガーvs.外道/竹村豪氏/邪道
井上亘/矢野通vs.長井満也(魔界5号)/柴田勝頼(魔界4号)
後藤洋央紀vs.ヒート
田口隆祐vs.タイガーマスク
安沢明也vs.山本尚史

NJPW
2004/1/28
後楽園ホール

FIGHTING SPIRIT

成瀬昌由vs.棚橋弘至

永田・中西・ウルフ・西村・後藤達・ヒロ斉藤・吉江・真壁・天山・安田・魔界1号・蝶野

サムライ/金本浩二/獣神T・ライガーvs.外道/竹村豪氏/邪道

井上亘/矢野通vs.長井満也(魔界5号)/柴田勝頼(魔界4号)

後藤洋央紀vs.ヒート

田口隆祐vs.タイガーマスク

安沢明也
vs.山本尚史

JDスター
2006/1/28

格闘美?MASSIVE?

西尾美香がJDスター女子プロレス格闘美大会を最後にAtoZを退団した。フリーランスとして活動を開始

ハンデマッチ
春日 萌花/風香vsGAMI

W-カプセル
2006/1/28 

格闘技大会

総合格闘技ルール
ペドロ高石vs高森啓吾

 
無我ワールド
2007/1/28

30年ぶりの
藤波辰爾vsグラン浜田

WWE
2007/1/28
AT&Tセンター
第20回 ロイヤル・ランブル




プロレス/格闘技
今日のテレビ放送/出演


J-SPORTS 16:30 
NXT #48
●バイロン・サックストン vs クリス・マスターズ
●ダニエル・ブライアン&デリック・ベイトマン vs テッド・デビアス&ブロダス・クレイ
●コナー・オブライアン vs リカルド・ロドリゲス

24:00
ロウ #921
●サンティーノ・マレラ&ウラジミール・コズロフ vs ジミー・ウーソ&ジェイ・ウーソ
●ジョン・モリソン vs ダニエル・ブライアン
●ランディ・オートン vs ドルフ・ジグラー
●ナタリヤ vs マリース
●マーク・ヘンリー vs テッド・デビアス
●ジョン・シナ vs CMパンク

 
G+ 18:00 
NOAH アクロス福岡SP
(2011/1/23開催)

潮場サ 豪&鈴木鼓太郎&小川良成vs
バイソン・スミス&エディー・エドワーズ&ボビー・フィッシュ
森嶋 猛&吉江 豊(フリー) vs
齋藤彰俊&相島勇人(フリー)

秋山準&丸藤正道&谷口周平vs
佐々木健介&中嶋勝彦&宮原健斗(健介オフィス)

杉浦 貴 vs 青木篤志

場��R善廣(場��R堂)&佐野巧真vs 石森太二&リッキー・マルビン

KENTA&井上雅央 vs モハメド ヨネ&金丸義信

 
USTREAM  19:00
19時女子プロレス

19時女子プロレス#58
レッスル武闘館

志田光/ 飯田美花vsさくらえみ/真琴

 
20:00
ハッスルマンズTV

 
サムライTV 22:00
アリーナ
2011年1月28日(金)号

<ニュース>
●ハッスルマンズ 1.27新木場1st RING
●新日本プロレス 1.26千葉ポートアリーナ
<ミキティコの「闘う天気予報」>
●週末のお天気は?(協力/e-天気.net)

23:00
プロレスリングNOAH
「The First Navig.2011」開幕戦
2011/1/10 横浜・赤レンガ

<GHC選手権者トリオvs健介オフィス>
●杉浦貴&丸藤正道&青木篤志
×佐々木健介&中嶋勝彦&宮原健斗
<ランバージャックマッチ>
●潮崎豪×平柳玄藩
*場外落下時リングへ強制的に戻すルール
●鈴木鼓太郎&小川良成
×石森太二&リッキー・マルビン
●高山善廣(高山堂)&佐野巧真
×KENTA&谷口周平
●森嶋猛&吉江豊(フリー)
×モハメドヨネ&金丸義信
●齋藤彰俊×井上雅央
●田上明×志賀賢太郎(フリー)

GAORA 23:00
DRAGON GATE 無限大 infinity #205

2011/1/14大阪府立体育会館他





プロレス/格闘技
今日のバースデイ / 忌日


安良岡裕二
1971/1/28
元WAR所属
ブラック・キャット
Black Cat
1954/10/17 - 2006/1/28

マル・ビクトル・マヌエルMar Victor Manuel)、メキシコのプロレスラー、レフェリーである。メキシコシティ出身。プロレスラー、およびレフェリーとしての最終所属は新日本プロレス。愛称は「ネコちゃん」。

甥がスギ・シト、マヌエル・ロブレス、パンチト・ロブレス、父がウロキ・シト

経歴

1977/4/21メキシコにてプロレスデビュー。デビュー当時のリングネームはウロキ・シト・ジュニア、後にクロネコ(Kuroneko)と改名。

メキシコの団体を中心に活動していたが、1981年にプロレス留学目的で新日本プロレスに登場する。日本でのデビュー戦は4/21の小山ゆうえんちにて行われたタッグマッチであった(パートナー:星野勘太郎 対戦者:木戸修・永源遥組)。

以降新日本のリングをレスラー活動の中心の場としていくことになる。晩年まで用いたリングネームのブラック・キャットは日本に来てから用い始めたもので、メキシコで名乗っていた日本語に由来するリングネームを英語読みにしたものである。リングネームはブラックキャットだが、試合表のパンフレットには「クロネコ」と書かれていた。

新日本に所属している間も提携団体を中心に海外マットへも参戦し、1994年2月から6月の間はAAAでルードとして活動し、1998年1月にはWCWへ登場している。また、新日本の台湾遠征の際には、「老虎(タイガーマスク)」としてファイトしたこともある、その時はメインを務め、当時のトップ選手だったワイルド・ペガサスに勝利した。

一時期だけ猫をあしらった覆面を被って試合をしていたが、短期間で素顔に戻っている。

2000年頃から体の故障が多くなる。リハビリの間にアメリカにて栄養科学とボディビルの資格を取得。以降指導者にポジションを変えていくことになる。2003年1月からはレフェリーに転向。新日本のマットでレフェリングを行っていた。選手としての正式な引退はしていない。

2006年1月28日午前3時、急性心不全により死去。

エピソード

  • 1987/3/27大阪城ホールにて開催された「INOKI闘魂LIVE Part2」の「アントニオ猪木VSマサ斎藤」に乱入した海賊男の正体といわれる。当初の予定だと猪木を控室に拉致するはずが、段取りを誤ってマサを拉致してしまった。自分の乱入のために暴動を起こしてしまった事を最後まで気にしていたという。

クロネコ

  


今日のプロレス 興行日程
[すべて見る]
お近くの人は是非見に行きましょう!
団体 会場  
大阪プロ 大阪ミナミ・ムーブ・オン・アリーナ 19:00
沖縄プロ 沖縄・デルフィンアリーナ国際通り 20:00
アパッチプロレス
東京・新木場1stRING

橋本友彦/脇知弘vs嵐/アパッチ小坂

アパッチ認定ロッキー選手権試合
<王者>新宿鮫vs<挑戦者>菊タロー

金村キンタローvs佐藤悠己


橋本友彦/アパッチ小坂井vs
山本喧一/佐藤耕平

黒田哲広vs田中将斗

19:00
 
プチでら Vol.9
愛知Sportiva

入江茂弘、TAKASHI vs 澤宗紀、影山道雄
グランパスマスク vs 笠木峻
仮面ハンダー vs 怪人クモ男
宮本武士 vs 彰人

20:00
JWP
JWPタッグリーグ・ザ・ベスト2011
東京・板橋グリーンホール

ブルーゾーン公式戦
Leon&大畠美咲 VS masu-me&藤本つかさ

ヘイリー・ヘイトレッド VS 中森華子
米山香織 VS 森居知子

レッドゾーン公式戦
春山香代子&倉垣翼 VS 黒木千里&広田さくら

ブルーゾーン公式戦
コマンド ボリショイ&矢神葵 VS 阿部幸江&KAZUKI

19:00
19時女子プロレス
19時女子プロレス#58
レッスル武闘館

志田光/ 飯田美花vsさくらえみ/真琴

 
19:00




試合結果
1/27
nikkansports.comより

◆ノア
青木篤志、○斎藤彰俊、秋山準[17分28秒 片エビ固め]×起田高志、中嶋勝彦、佐々木健介
谷口周平、○杉浦貴[15分30秒 片エビ固め]×鈴木鼓太郎、潮崎豪
KENTA、佐野巧真、○高山善広[14分11秒 エビ固め]×平柳玄藩、金丸義信、モハメドヨネ

◆大阪プロ
○タダスケ[7分21秒 アイスキューブ]×アルティメット・スパイダーJr.
○タイガースマスク[7分45秒 小包固め]×タコヤキーダー
▽3WAYマッチ
○ゼウス[12分 片エビ固め]×くいしんぼう仮面
※もう1人はビリーケン・キッド

◆沖縄プロ
○グルクンダイバー[8分16秒 グルクン回転足折り固め]×ウルトラ☆マンゴー
○めんそーれ親父[9分31秒 親父ぬい]×ヤンバルクイーンナ
シーサー王、○ミル・マングース、キジムナー[16分3秒 マングースプラッシュ]怪人ハブ男、タイパン、×エイサー8

◆ハッスル
▽3WAYマッチ
○バンビ[8分42秒 片エビ固め]×@UEXILE
※もう1人の選手はKAMIKAZE
○若鷹ジェット信介、小笠原和彦[15分14秒 首固め]越中詩郎、×藤田ミノル
○木村浩一郎[8分40秒 エビ固め]×坂田“ハッスル”亘


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1/27 プロレス/格闘技 今日は何の日? 輪島大士 ジャイアント馬場 vs 阿修羅原 鶴見五郎、アブドーラ・ザ・ブッチャーvsバッド・ニュース・アレン 他



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バトルロイヤル

 2011/1/27

プロレス/格闘技 ニュース

Sportsnavi
nikkansports.com
スポニチ
東スポ
  • 新日最強外国人トリオで杉浦包囲網完成
  • 武藤が橋本大地に暴走指令 蝶野の頭をカチ割れ!
  • 関本大介&岡林裕二アジアタッグ奪取誓う
  • ボクシング2010年プロ、アマ優秀選手表彰式に興毅欠席でひんしゅく
  • 須藤元気氏が格闘界の救世主にRENAを指名
デイリースポーツ
格闘技WEB
マガジンGBR
リアルライブ
 バトル・ニュース




今日のYouTube追加動画

 
Chikara
2011/1/26

Video des Kreuzes

AAA
1994/5/27

ジェイク”ザ・スネーク”ロバーツvsコンナン

CMLL
1999/9/24

Shocker vs Mr Niebla vs Villano 3 vs Atlantis


Jd's
6/26

桜花由美vs秋山恵

OZアカデミー
豊田s真奈美vs大畠美咲


風香vs吉田万里子

DEEP
2007/8/5

DEEP 31 IMPACT
DEEP女子ライト級タイトルマッチ
渡辺久江vsMIKU


2/7

サイボーグ魂 2003/2/25
Zepp

水野裕子(GRABAKAジム/タレント)vs高橋ちひろ



バンビvs春日萌花



Yurai vs Nagisa



MIzuho Nakano vs Minto Asakura



前田薫vs高橋美華/2/2



DASH・チサコvs華名

JEWELS
杉山しずかvs坂本ひとみ

FMW
工藤めぐみvsグンダレンゴ

SMACK GIRL
2008/2/14

SMACKGIRL WORLD ReMix TOURNAMENT 2008 開幕戦
石岡沙織vsハム・ソヒ



西尾美香vs日向あずみ



KAORU vs 渋谷シュウ

AJW
 

チャパリータASARIvsキャンディ奥津

 




動画で紹介!
プロレス/格闘技 今日は何の日?



新春NWAシリーズ
NWA世界ヘビー

ドリー・ファンクJr. vs ジャック・ブリスコ

大阪市東淀川体育館



2/73/74/7/5/7/ 6/7/ 7/7

 

アブドーラ・ザ・ブッチャーvsバッド・ニュース・アレン

1984/1/27
愛知県体育館


コブラvsダイナマイト キッド
アントニオ猪木/藤波 辰巳vs
ハルク ホーガン/IM・シャープ

ajpw
輪島大士 ジャイアント馬場 vs 阿修羅原 鶴見五郎

1987/1/27
徳山


WRESTLER'S 9

NWAインターコンチネンタルタッグ
日高郁人/澤宗紀 vs. 大谷晋二郎/曙

2010/1/27
新宿フェイス  



2/3/3/3


TAJIRI/大原はじめI vs. 田中将斗/望月成晃/2/2

高西翔太vsフジタJrハヤト

斎藤謙vs不動力也

崔領ニvsKAMIKAZE

佐藤耕平/植田使徒/小路晃vs
金村キンタロー/藤田ミノル/菅原拓也

/2/2

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DVD/ビデオの紹介!
プロレス/格闘技 今日は何の日?


 

流智美の黄金期
プロレス50選
vol.4
流智美の黄金期プロレス50選
1956/1/27


ディック・ザ・ブルーザー vs バーン・ガニア

最強!マスクマン烈伝
Vol.2
最強!マスクマン烈伝
1978/1/27
LA・オリンピック
オーデトリアム

WWFジュニアヘビー級選手権
マスクド・カナディアン vs 藤波辰巳


蝶野正洋祭り
Vol.2
NWO蝶野復活
蝶野正洋祭り2
1998/1/27
福島


蝶野正洋/グレート・ムタ/NWOスティング/天山広吉vs越中詩郎/後藤達俊/小原道由/西村修

息吹 2008
息吹
2008/1/27
新木場1st Ring

 

第20回息吹

第1試合 15分1本勝負
紫雷美央 vs. 水沼美加
第2試合 20分1本勝負
吉田万里子 vs. 山田よう子
第3試合 20分1本勝負
江本敦子 & DASHサチコ vs. 渋谷シュウ & 小林華子
第4試合 30分1本勝負
チェリー vs. 大畠美咲
第5試合 30分1本勝負
中川ともか & 仙台幸子 vs. 松本浩代 & 紫雷イオ


 




番外編
プロレス/格闘技今日は何の日?


AJPW
1978/1/27
蒲郡市体育館

○アントン・.ヘーシンク(体固め、6:58)大熊元司●

 
AJPW
1991/1/27
後楽園ホール

ジャンボ鶴田/田上明/渕正信 vs 三沢光晴/川田利明/菊地毅 

アジアタッグ
ジョニー・エース/小橋健太 vs ジョー・ディートン/ビリー・ブラック

スタン・ハンセン/ダニー・スパイビー vs アブドーラ・ザ・ブッチャー/ジャイアント・キマラⅡ

ラッシャー木村 vs 永源遥

FMW
2001/1/27

邪道/外道がWEW6人タッグ王座を返上。

西口プロレス
2004/1/27

長州小力vsラブセクシー・プリン

見た目が邦彦/ハチミツ二郎vsデブ・マスカラス/アントニオ小猪木

曙橋太郎vsボビー・サップ

Dr.ダーレvsMr.K

ラブセクシー・ヤング/ラブセクシー・ローズvs神風健三郎/ザ・グレート音羽屋

天龍パーマ/ダーティー仮面vs三平X2/タイガー・チョット・シン

焙煎TAGAIvs宇都宮圭介

NJPW
2006/1/27

後藤達俊が新日本プロレスを退団し、フリーランスとなる。退団に際し、オファーがくればハッスルでもPRIDEでも出る覚悟であると語った。ハッスルへは8/9、「TG」のリングネームで参戦している。

アイスリボン
2007/1/27

リングネームを「ひかり」から変更。みなみ飛香

ZERO1-MAX
2007/1/27

2006/12/31、インディーサミットにおける飯伏幸太とのやりあいの中、わき腹をアバラ軟骨亀裂骨折澤した 宗紀復帰。

WWE
2008/1/27
MSG

第21回 ロイヤル・ランブル

新日本プロレス
2008/1/27
後楽園ホール

井上亘vs田口隆祐
IWGP Jr.タッグ
ディック東郷/TAKAみちのくvs稔/プリンス・デヴィット
棚橋/永田vs中邑/後藤
金本/内藤vs田中/日高
長州/越中vs真壁/矢野
蝶野/マシン/ライガー/AKIRAvs石井/本間/邪道/外道
中西/タイガー/石狩vs飯塚/裕次郎/平澤

ZERO1-MAX
2008/1/27

1月27日新日本プロレス後楽園ホール大会 中西学試合後コメント
1月27日新日本プロレス後楽園ホール大会 真壁刀義試合後コメント

2010/1/27
テレビ朝日”シルシルミシル”でパン猪狩とショパン猪狩が行っていた女子プロレスのルーツガーター獲りが放送。WAVE春日萌花 , 桜花由美が再現。





プロレス/格闘技
今日のテレビ放送/出演


サムライTV 22:00
Sアリーナ格闘ジャングル2 2011.1.27号

試合映像や記者会見など格闘技だけの最新
情報を毎週60分放送!今夜は昨年大晦日の
メインイベンター、DREAMフェザー級新王者
に輝いた喧嘩番町がスタジオ登場!
<ニュース>
●NJKF 1.23 後楽園ホール
●REVELS 1.23 ディファ有明・昼夜興行
●その他


23:00
DDT?ドラマティックファンタジア#308
「新春スーパーどどん波! in 名古屋 2011」
2011/1/16 愛知・金山アスナルホール

<KO-Dタッグ選手権>
●(王者)アントーニオ本多&佐々木大輔×MIKAMI&怨霊(挑戦者)
●男色ディーノ×ケニー・オメガ
●飯伏幸太&HARASHIMA&ミスター6号×高尾蒼馬&中澤マイケル&松永智充





プロレス/格闘技
今日のバースデイ / 忌日


茂木 康子
1969/1/27

日本のブラジリアン柔術家(茶帯)、総合格闘家。東京都練馬区出身。ストライプル所属。VALKYRIEプロデューサー。

服部恵子と共に日本の女子柔術を牽引してきた「女子柔術界のパイオニア」。長い手足を活かした引き込み技を得意とし、「ピンクスパイダー」の異名を取る。選手活動の傍ら、ストライプルで女性専門の柔術クラスを開講するなど、後進の育成にも熱心である。


デューク佐渡
みちのくプロレス公認レフリー

2000/3/18大田区民プラザ体育室で初レフェリング

 
ゼウス金谷
1982/1/27

日本のプロレスラー、元プロボクサー。本名は金谷 成格)。大阪府大阪市出身。身長183cm。プロボクサー時代はクルーザー級、仲里・ATSUMIボクシングジム所属。

人物

怪力の持ち主。素手でフライパンを折り曲げるパフォーマンスができる。

2002年の準ミス・インターナショナル日本代表でモデルの吉永翔と結婚。2010/2/7挙式。

戦績

  • 2008年末に仲里・ATSUMIボクシングジムに入門。
    • 元WBC世界スーパーフライ級王者の徳山昌守を特別アドバイザーに招きトレーニング。
  • 2009/5/24 - C級ライセンスプロテスト受験(六島ジム)不合格。
  • 2009/7/19 - C級ライセンスプロテスト受験(六島ジム)合格。
  • リングネームを「ゼウス金谷」とする。
  • 2010/4/22、日本ボクシングコミッションに引退届を提出し、プロレス復帰を決めた。

プロボクシング: 1戦 0勝 0KO 1敗 0分

2009/12/19 大阪韓国人会館
vs伊藤竜矢(アポロ)

火野 裕士
1985/1/27

日本の男子プロレスラーである。KAIENTAI-DOJO所属。大阪府枚方市出身。身長178cm、体重95kg。火野裕士はリングネームで、本名は所属団体の規定により非公開とされているが、自身のブログで本名が日野裕介)であることを公開している。

経歴

  • 練習生「日野」として「吉田屋」に加入していたが、デビューの際に離脱。

2005年

  • 2リーグ制に伴いRAVE所属となった。ユニット「New Standard」を結成し、12/9に開催されたインディーサミットに出場した。

2006年

  • プロレスリング・エルドラドに参戦し、高校のレスリング部の先輩である辻本恭史・沖本摩幸と組んで「南京Fuckin'高校レスリング部」を結成。リングネームを先輩に合わせる形で本名に「本」を足した日野本裕介として解散まで活動。
  • 11/14に開催されたGPWA興行にNew Standardのメンバーで出場した。

2007年

  • 1/7の後楽園ホール大会にてJOE&ヤス・ウラノの保持するSTRONGEST-K TAG王座に稲松三郎とのタッグで挑戦し撃破、第4代王者となった。

入場テーマ曲

  • 「evil flame」(武士 from shann)※インディーズ・メーカー「KAIENTAI DOJO3 SUPER BEST」収録
  • 「WILL」(Y.Takeya feat.K.Doi and Yas-K)※キングレコード「KAIENTAI DOJO」収録(旧テーマ曲)

タイトル歴

KAIENTAI-DOJO
  • STRONGEST-K TAG王座
K-AWARD
  • 新人賞(2004年)

特記

  • 決めゼリフは「このボケどもがー!!」。
  • 雑誌「JUNON」の「2004年ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」ではベスト40入りしている。
  • TBSテレビの番組「爆笑問題のバク天!」ではプロレスに反対する父を説得するという企画で出演した。地元大阪での大会に観戦に訪れた両親に対して試合後のリング上で涙ながらに手紙を読み日本中を感動させた。
  • 全日本プロレスに参戦中の"brother"YASSHIの高校時代のレスリング部の後輩である。
  • 花井美里のシングル「予感」のプロモーションビデオにエキストラ出演、初回盤の特典DVDに収録されている。
  • 筋肉キャラをアピールしているので、DRAGON GATEの鷹木信悟がKAIENTAI DOJOに参戦した時は、「どっちの広背筋がスゲェか勝負しろ!」と突っかかった。ちなみに広背筋とは背中から肩にかけての筋肉であり、自分では見られないかなりマニアックな部位である。

アンドレ・ザ・ジャイアント
Andr醇P the Giant
1946/5/19 -
1993/1/27

本名:アンドレ・ルネ・ルシモフAndr醇P Ren醇P Roussimoff)、フランス・グルノーブル出身のプロレスラー。

巨人症のため非常に巨体のプロレスラーとして知られ、公式プロフィールによれば、身長が7フィート4インチ(約223cm)、体重が520ポンド(約236kg)とされる(ただし体重については年齢と共に増加していたことが映像でも確認できる)。彼の巨体に対抗できるレスラーが限られていたため、生涯多くのハンディキャップ・マッチやバトルロイヤルに出場していた。

圧倒的な体格もさることながら、アームロック等のレスリングテクニックでも観客を惹きつけることができる、数少ない巨人レスラーだった。

来歴
フランスのモリヤンにて、ブルガリア=ポーランド系の家庭に生まれる。少年時代からサッカー、ボクシング、レスリングなどに打ち込み、1964年18歳の時にパリでアンドレ"ザ・ブッチャー"ルシモフとしてデビュー。“プロレスラーになる前にはきこりをしていて、山中にいるところをエドワード・カーペンティアに「発見」された”という逸話(プロレススーパースター列伝など)が有名だが、事実ではない(実際、プロレスラーになる前はパリの家具運送会社に勤務していた)。“無名だった時代にカーペンティアに見出された”というのが真相である。もっとも、南アフリカでデビュー説もあるなどフランス時代の経歴についてははっきりしない部分も多く、様々な説がある。フランス時代はモンスター・ルシモフ(Monster Roussimoff)またはモンスター・エッフェルタワー(Monster Eiffel Tower)という名で活動。
カーペンティアに連れられ1970年にカナダ・モントリオールに移住し、現地ではジャン・フェレ(英語風に「ジーン・フェレ」と誤読されることが多い)の名で活躍した。ここで映画『キング・コング』をモチーフにした世界八番目の不思議(The 8th Wonder of the World)というニックネームが付けられた。巨人選手対決として、キラー・コワルスキーやドン・レオ・ジョナサンなど超大物選手とも対戦した。
1973年にアンドレ・ザ・ジャイアントと改名し、WWWF(現WWE)のプロモーターのビンス・マクマホン・シニアと契約。しかしWWWFとは専属契約をしたわけではなく、マクマホン・シニアのブッキングでNWAやAWAはもとより世界中の様々な団体を定期的に短期参戦して回るようになる。これは「いつでも会える怪物」は一般層のファンにはすぐに飽きられる、というマーケティング上の都合からの判断である。実際、それまでにプロレス界に登場した怪物・怪奇レスラーは短期間で人気が衰えており、マクマホン・シニアはそのあたりを懸念したものである。
この世界サーキットを行っていた10年間が彼の全盛期であり、アンドレはスペシャルゲストの立場で各地のビッグイベントに出場。テリー・ファンク、ハーリー・レイス、ニック・ボックウィンクル、スーパースター・ビリー・グラハムら当時のNWA・AWA・WWWFの世界王者を始め、ザ・シーク、ブラックジャック・マリガン、ブラックジャック・ランザ、アーニー・ラッド、イワン・コロフ、バロン・フォン・ラシク、マスクド・スーパースター、ブルーザー・ブロディ、リック・フレアー、ケン・パテラ、ボビー・ダンカン、ロディ・パイパー、サージェント・スローターら全米のトップスターと対戦した(欧州では1979年12月にローラン・ボックとのシングルマッチも実現している)。1974年のギネスブックには「年俸世界一(40万ドル)のプロレスラー」として彼が掲載されている。当時の為替レートは1ドル=約300円。
1984年、ビンス・マクマホン・ジュニアのWWF全米進出計画が始まるとベビーフェイス陣営の主要メンバーとしてサーキットに参加、以降は退団する1990年までWWF専属選手となった。スーパースター軍団となったWWFでは同じ巨人型のビッグ・ジョン・スタッドがライバルとなり、レッスルマニアの第1回大会ではスタッドと『15000ドル争奪ボディスラム・マッチ』で対戦した。アンドレはアメリカでは絶対のベビーフェイスであったが、1987年、WWFでは長らく盟友だったハルク・ホーガンを裏切りヒールに転向、ボビー・ヒーナンをマネージャーに従え、コスチュームも黒のワンショルダーに変更した。同年のレッスルマニアIIIではWWF王座を賭けホーガンと「世紀の対決」が行われたが敗れる。この試合でホーガンがアンドレをボディスラムで投げたシーンはアメリカプロレス史上屈指の名シーンとなった。翌1988年のレッスルマニアIVにて再戦が行われ、WWF王座の奪取にも成功。
1980年代中期頃から急増した体重を起因とする膝や腰の痛みに悩まされ始め、全盛期の動きの切れは徐々に失われて行った。その後、当時WWFがホーガンに代わる主役として期待していたアルティメット・ウォリアーの売り出しに使われ、連敗を重ねる。また「ヘビ嫌い」との設定が加わりジェイク "ザ・スネーク" ロバーツとも抗争したが、体調不良のため1990年にWWFを退団。その後、更に増した身体の痛みにより試合を行う機会は減少したが、最後の主戦場とした全日本プロレスにおいては、主にジャイアント馬場とのタッグ「大巨人コンビ」で活躍した。
父親の葬儀へ出席するために帰国していた1993年1/27、急性心不全のためにパリのホテルの自室で死去。長年に渡る過度の飲酒(全盛期はビール、レスラー後期から晩年はワインを愛飲していた)が原因と言われている。飲酒量が桁違いだったため、酒にまつわるアンドレの逸話は数知れない。ミスター高橋によると試合前でも何本も酒を飲み、しかも後年はほとんどトレーニングをしなかったため、余計心臓に負担がかかっていたことは明らかだったという。
WWFは生前の活躍に敬意を表するために、WWF殿堂(後のWWE殿堂)を設立し、殿堂入りの第一号を彼に与えた。
2008年には彼の功績をまとめたDVDもWWEより発売された。
日本での活躍
初来日は1970年。まだアメリカで注目を浴びる前の無名時代、吉原功へスカウトされモンスター・ロシモフのリングネームで国際プロレスへ参戦。この時出会ったバーン・ガニアによって寝技の訓練を受ける。これによって大きな体を活かした技だけでなく、グラウンドでは弓矢固めなどの高等技も軽々とこなすようになる。日本ではヒールとしての活動だったが、前述のようにその後のアメリカではベビーフェイスとして活動した。もっとも日本でも、ザ・シークやフレッド・ブラッシーのようなスタイルのヒールを演じていたわけではなく、ジャイアント馬場をも凌ぐ余りの巨体故にヒール扱いされてしまったものである。
その後、日本でのリングをWWWFと提携していた新日本プロレスへ移し、アントニオ猪木とも対戦(猪木とは新日本参戦後期に何試合かタッグを組んだこともある)。その猪木との1974年2月の初対戦では、当時のマネージャー、フランク・バロアがロープに飛んだ猪木の足を取ってダウンさせジャイアント・プレスでフォール勝ち。その後の対戦は猪木が掛けたキーロックをアンドレが軽々と持ち上げる、アンドレが掛けたカナディアン・バックブリーカーを猪木がロープを蹴って返しリバーススープレックスで投げるというムーブが定着した。1982年にはMSGシリーズで優勝(新日本のシングル・リーグ戦で外国人の優勝はこれが初めて)。実況アナウンサーである古舘伊知郎が、大巨人、人間山脈、一人民族大移動などの表現を使ったことから、これらがアンドレのニックネームとなった(古舘はこの他にも「一人というには大きすぎる。二人といったら世界人口の辻褄が合わない」「人間というより化け物といった方がいいような」「都市型破壊怪獣ゴジラ」「怪物コンプレックス」「一人大恐竜」「ガリバーシンドローム」といった形容詞も使用している)。新日本プロレス登場末期には、覆面を被り、ジャイアント・マシーン(Giant Machine)と名乗って出場していたこともある。また新日本参戦末期には将軍KYワカマツが悪役マネージャーに就いた。なおマシーン軍団はWWFでもコピーされたため、アメリカでも同様のキャラのまま戦っている。晩年まで履いていた黒もしくは青のワンショルダー・タイツは、この頃の名残である(それまでは青や緑や赤のショートタイツを着用)。また、ジャイアント・マシーンの正体はいわずもがなだったが、相棒であったスーパー・マシーン(正体はマスクド・スーパースター)については、WWFオフィシャル発表では「北海道生まれの日本人」ということにされており、プロモーション用のインタビューでも珍妙な日本語を話していた。また、アンドレは国際プロレスに特別な思い入れがあったようで、新日本に1974年より本格参戦した後も同年6月と1979年7月に国際にも特別参加したことがある(1979年参戦時にはラッシャー木村のIWA世界ヘビー級王座にも挑戦)。
1981/9/23、新日本の田園コロシアム大会で行われたスタン・ハンセンとの一騎打ちは今もって日本プロレス史上最高の外国人名勝負と言われる。この頃のアンドレはスピード・パワーともに全盛期であり、アントニオ猪木ですら不意をついた形でのリングアウト勝ちを拾うのが精一杯であった。ハンセンはそのアンドレに臆することなく、真正面からパワーでぶつかった。試合内容はおよそ人間が対決しているとは思えないほどの迫力であり、引き分け後の再試合を含め延べ二試合でハンセンはアンドレを二度投げた(一回目はボディスラム、二回目は一本背負い気味に)。また、ハンセンの命綱である左腕を執拗に殺しにかかるアンドレの巧みなリングワークに対し、ハンセンがそれを跳ね返してウエスタン・ラリアットでアンドレを場外に叩き落すなど、試合の基本的なストーリーも高いレベルにあった。試合結果は両者リングアウト引き分け後の再試合で、アンドレがレフェリーのミスター高橋に暴行を加えハンセンの反則勝ちとなったが、結果に納得のいかない両選手による試合後の乱闘も含めて、高いエンターテイメント性を有した試合となった。
1990/4/13の日米レスリングサミットで、久々に日本マットに登場し馬場と日米大巨人タッグを結成(大巨人コンビ)。同年9/30、馬場のデビュー30周年記念試合でタッグながら初対決してからは全日本へ主戦場を移し、1992/10/21の全日本・日本武道館大会「全日創立20周年記念試合」馬場&ハンセン&ドリーvs鶴田&アンドレ&ゴーディ戦では、アンドレvsハンセンの対決が再び実現。全盛期の動きとは程遠いアンドレだったが、ハンセンの渾身のウエスタンラリアットを喰らっても倒れず、ロープにもたれる程度に踏み留まってみせるなど、最後の最後まで怪物ぶりを見せつけた。
アンドレはその長身から何処へ行っても好奇の目で見られることが多かったのに加え、1970年代の日本ではまだ外国人が珍しかった時代でもあることが重なり、新日本プロレスへ参戦していた頃のアンドレは非常にナーバスであり、彼の悩みが周囲になかなか理解されず、自然とアンドレは憎まれ役へシフトしつつあった。そして自分の立場には徹底しており、ヒールとしてのイメージが損なわれることを嫌がり、あえてファンのサインも断っていた(ヒールでもリング外でのファンサービスに応じるレスラーは多いが、アンドレは敢えて避けていたという)。リング内ではまさに全盛期の活躍であったが、対照的に日本でリング外におけるアンドレのインタビューやプライベート等を収めた記事は非常に少ない。ただし初来日のきっかけを与えてくれた、旧国際プロレス関係者は日本におけるアンドレの数少ない理解者であったため、新日本プロレスへ参戦していた時も水面下で交流が続いていた。
一転して全日本プロレスへ参戦していた頃のアンドレは、馬場とコンビを組んでいたこともあって、国際・新日本時代とは異なり完全なベビーフェイスであり、全日本登場第1戦から出番のたびに大アンドレ・コールで迎えられ、アンドレも笑顔でファンに応じたり、また登場時での花束贈呈の時は、受け取ると即座にブーケトスの様に後方の客席に花束を投げてプレゼントしたり、コールの時には二本指を立てて腕を上げるアピールを見せていた。

獲得タイトル

  • IWA世界タッグ王座:1回(w / マイケル・ネイダー a.k.a. ミシェル・ナドール)
    • 1970/1/18、王座決定戦でサンダー杉山&グレート草津を破り獲得。
  • NWAオーストラ・アジアン・タッグ王座:1回(w / ロン・ミラー)
    • 1978/12/8、オックス・ベーカー&ブッチャー・ブラニガンから奪取。
  • NWA USタッグ王座(トライステート版):1回(w / ダスティ・ローデス)
    • 1978/12/25、トーナメント決勝でスタン・ハンセン&アーニー・ラッドを破り獲得。
  • NWAフロリダ・タッグ王座:1回(w / ダスティ・ローデス)
    • 1981/2/12、ボビー・ジャガーズ&ランディ・タイラーから奪取。
  • WWF世界ヘビー級王座:1回
    • 1988/2/5、ハルク・ホーガンから奪取。
  • WWF世界タッグ王座:1回(w / キング・ハク)
    • 1989/12/13、デモリッション(アックス&スマッシュ)から奪取。
  • WWF Hall of Fame (1993年度)
    • 1993/6/3に発表。殿堂入り第1号。

入場テーマ曲

彼のためにつくられた入場テーマ曲『ジャイアントプレス』は、その後日本マットに登場した巨人プロレスラーや大巨人格闘家が必ず使っている。 しかし、WWE時代は一貫して入場テーマ曲がなかった。

エピソード、その他
その巨体ゆえに投げ技をかけられることはほとんど無かったが、ハルク・ホーガンやスタン・ハンセン、ハーリー・レイス、ローラン・ボック、エル・カネック、ブラックジャック・マリガンなどのレスラーによってボディスラムで投げられている(マリガンは日本では報じられることはなかったが、1982/9/18、WWFのフィラデルフィア大会における6人タッグマッチでアンドレを投げている)。日本人で成功したのはアントニオ猪木、長州力、ストロング小林の3人のみである。アンドレをボディスラムで投げることがレスラーのステイタスだった時期もあった。ブルーザー・ブロディもオーストラリアで投げたというが、これは非公式記録となっている。カール・ゴッチに至ってはモンスター・ロシモフ時代のアンドレをジャーマン・スープレックスで投げ切っており、これがスープレックスでアンドレを投げた唯一の記録とされている。なお、アンドレ自身は「俺は気心の知れた奴にしかボディスラムを許さなかった」とハンセンへ語っていたといい、ハーリー・レイスは投げる時にアンドレが自分に「早くしろ」と囁いたと坂口憲二に語っていた。これらの証言から踏ん張った状態のアンドレを本当に投げることのできたレスラーがどれだけ居たのかは不明。
ベースボール・マガジン社発行の『プロレス異人伝 来日外国人レスラー・グラフィティ』の「外国人係は見ていた」の項にてインタビューを受けたタイガー服部によると、アンドレはヒッププッシュを繰り出す際によく屁を放っていたそうで、その臭いはリング内の選手やレフェリーはおろか、リング外にいるカメラマンや若手選手、リング最前列から10番目くらいの観客にまで届いたという。
マネージャーを務めたアーノルド・スコーランによるとかなりのアイデアマンで、日本で大巨人伝説がマンネリ化し始めて来た頃、レスラー以外の人間を襲撃するというアイデアを自ら猪木に提案した。ただし、その際に襲撃されたのは気心の知れたレフェリーのミスター高橋やリングアナウンサーの田中秀和ら新日プロのスタッフであり、決してファンや一般人には手を出さなかった。
マイティ井上とは若手時代から親友の間柄。アンドレは生涯独身を貫いたと言われているが、井上はアンドレに内縁の妻がいたこと、娘も一人いたことを明言している。本名については、井上が見たアンドレのパスポートには「アンドレ・レネ・ロシモフ」と書かれていたというが「アンドレの本名はジャン・フェレだ」と雑誌インタビューでは答えている。
井上が「電話をするから鉛筆を貸してくれ」とアンドレに頼まれ、メモを取るのかと思い鉛筆を貸したところ、つまんだ鉛筆の先でダイヤルを回し始めた。これはアンドレの指が太すぎて、ダイヤルの穴に指先が入らなかったためである。
現役時代からカーリーヘアのカツラを着用し、リングに上がっていた。これはより一層巨大感を表現させるために着用していたという。ただし後年はカーリーヘアーのカツラを外し、地毛のパーマヘアーで闘っている。
アンドレは弁護士に渡してあった遺書の中で「死後48時間以内の火葬」を希望していたが、パリには彼の巨体に対応できるだけの施設がなく、結局そのままアメリカへ移送された。
レスラー、プロレス記者、団体バス運転手など、アンドレには日本人の友人知人が多くいたが、黒人に対しては嫌悪感を隠さなかったと言われる。バッドニュース・アレンがアンドレの差別発言に激怒し、ホテルの屋上にアンドレを呼び出し「謝らなければここから突き落としてやる」と言って謝罪させたという逸話がある。しかし、黒人レスラーのアーニー・ラッドとは親友同士で、両者は北米各地で抗争を展開できる気心の知れた仲だった。同じくMSWA、WCCW、WWFなど各団体で抗争を繰り広げたカマラもアンドレのことを称えている(カマラのWWF入りはアンドレの仲介によるものだったという)。また、アイスマン・キング・パーソンズ、S・D・ジョーンズ、ジャンクヤード・ドッグ、トニー・アトラスなど、WWFや南部エリアでアンドレのタッグ・パートナーを務めた黒人選手は数多い。ロッキー・ジョンソンの息子のザ・ロックも、子供の頃にアンドレに可愛がってもらっていたという(ロックの自著『The Rock Says』には、アンドレに抱き上げられた少年時代のロックの写真が掲載されている)。
1984/12/19、ハワイNBCアリーナにおける興行の第8試合で、レフェリーを務めたことがある。シバ・アフィ、ラーズ・アンダーソン組vsマーク・ルーイン、ケビン・サリバン組の試合を裁くも、敗れたルーイン組が判定への不服からアンドレに食って掛かり、乱闘寸前になったという。
当時外国人レスラーの相談役も務めていた新日本プロレスのレフェリー、ミスター高橋がアンドレが宿泊していたホテルへ出向き「実は覆面を被ってほしいんだ」とおそるおそる切り出した。その際、差し出したのがジャイアント・マシーンのマスクである。そのマスクを見たアンドレは大喜びし、早速その場で着けてみせ「どうかな、(高橋のニックネーム)ピーター。似合うかい?」と満足気にポーズをとったという。高橋はプライドが高いアンドレは絶対に断るだろうと思っていたため、この反応は全く意外だったと後に述懐している。
1980年代の少年漫画では、アンドレを連想させるキャラクターがしばしば登場した。体躯やカーリーヘア等の特徴的な容貌が、視覚的記号の塊であるマンガという媒体において、格好の素材だったと考えられる。中でも少年サンデーに連載されていた池上遼一の『男大空』には、海主莫郎と言うキャラクターが登場し、池上のリアルな絵柄とあいまって抜群の存在感を示した。また、梶原一騎原作の『カラテ地獄変・牙』では、オーレ・ザ・ジャイアントというアンドレをモデルにしたレスラーが登場し、空手家大山倍達をモデルとした大東徹源と闘っている。
カプコンから発売されたアクションゲーム『ファイナルファイト』には「アンドレ」という名前の敵キャラが登場する。巨体や髪型など外見上の共通点も多いが、実際のアンドレに比べ筋肉質である。また、後に同社の対戦格闘ゲーム『ストリートファイターIII』シリーズには「ヒューゴー」という名のアンドレに似たキャラクターが登場し、その体格は実際のアンドレにより近くなっている。
スタン・ハンセンはアンドレを先輩として尊敬し続け、両者は新日本プロレスを去った後、全日本プロレスでほぼ10年ぶりの同行を喜び、試合後はよく二人で飲食に出かけた。その際、よく話題になったのが既述の田園コロシアムの一戦で、互いに相手を称え飽きることなく語り合ったという。
WWFに参戦したキラー・カーンとアンドレが対戦した際、アンドレが自身の過失で試合中に自分の足を痛めてしまい、それに気付いたカーンは機転をきかせトップロープからニー・ドロップを見舞った[12]。後日カーンは通訳を連れてアンドレの入院先へ見舞いに出向き、前述した試合の件について謝罪。しかしそれを聞いたアンドレは大声で笑いのけ、「気にするな、あれはアクシデント。君の機転が無かったら試合が台無しになっていたところだった」と逆に励ましの言葉をかけたという。さらにアンドレは「それよりも、あの試合は『キラー・カーンがアンドレ・ザ・ジャイアントの足をニー・ドロップで骨折させた』ということにしよう。俺が退院したら、君との試合は盛り上がること間違いなしだ」と言い、格好のストーリーラインまで提案している。このアングルは新日本プロレスに凱旋帰国したカーンの株を急上昇させ、彼を瞬く間にメインイベンターへ昇格させた原動力となった。この頃の新日本プロレスは全日本プロレスとの外国人選手引き抜き合戦の挙句、スター選手を失ったのと同時に猪木とタイガーマスクが怪我で休場と痛手を被った時期でもあるが、代わってメインに上った「あのアンドレの足を骨折させた大型日本人レスラー」とアンドレとの対戦は興行を大いに盛り上げた。
酒豪伝説
前述するようにアンドレは酒豪として知られ、特にビールやワインの消費量については様々な伝説が残されている。
ミスター・ヒトの著書『クマと闘ったヒト』では、車で800km移動する間に缶ビールを118本飲み、到着後更に5ガロン(約19リットル)のワインを飲み干したと記載されている。
マイティ井上は、札幌遠征時に「二人で一度に瓶ビールを136本空けたことがある」と証言している。その際は「汗とアルコールとオーデコロンが一緒になったようなにおいになった」という。
キラー・カーンと坂口征二によれば、1975年に新日本プロレスがブラジル遠征を行った際、ロサンゼルス経由サンパウロ行きの飛行機の機内にあったビールを全部アンドレが飲み干してしまい、他の乗客からクレームがついたという。
この他、1980年4月の札幌巡業でサッポロビール園で大ジョッキ89杯を空けた、「タンパの空港で50分でビール108本を空けた」(ハルク・ホーガンによる証言)、「ペンシルベニア州リーディングのホテルのバーでビール327本を空け、さすがのアンドレも気絶した」(ファビュラス・ムーラによる証言)など、消費量に関する伝説は枚挙に暇がない。ただこれらの伝説がどこまで本当なのかは不明。
馬場とは巨人同士でウマが合ったと言い、選手バスでは隣同士に座り二人で冗談を言い合いながらワインを飲んでいたという。そのため、全日本の選手バスにはアンドレ用のワイン冷蔵庫が用意されていた。
ワインは白ワインが好みだったというが、結局は赤・白の別や銘柄に関係なく「水のように飲み干してしまう」状態だったらしく、ハルク・ホーガンによれば「アンドレの誕生日の際に、移動バスにワイン1ダースをプレゼントとして用意したら、出発から2時間半で全部空けてしまった」という。
元々多かった酒量は晩年実父を失ったショックからか更に増え、ワインを手放せない状態だったと言われる。晩年は歩行すらままならない状態だったようで、移動にバギーバイクを使用していた。

百瀬 博教
1940/2/20 -
2008/1/27 

作家、詩人、格闘技プロデューサー。日本スノードーム協会事務局長。総合格闘技イベントPRIDEとの関わりから、「PRIDEの怪人」の異名を持っていた。

格闘技との関わり

元プロレスラーのアントニオ猪木とは、1992年頃に知り合う。高校時代の後輩で芸能事務所ケイダッシュとプロレス団体UFO社長だった川村龍夫に新右翼活動家の野村秋介と猪木のトラブルの仲介を頼まれたのがきっかけだった。1990年代末頃から猪木とは接近し、猪木の詩集をプロデュースするなどした。

1999年に当時格闘技評論家の谷川貞治から総合格闘技イベントPRIDEを運営する森下直人社長を紹介され、PRIDE運営会社ドリームステージエンターテインメントが設立される際には3000万円を出資したとしている。

以後、2003年までPRIDEに関わり、アントニオ猪木とPRIDEに結び付け、自らもプロデューサー的役割を担っていた。選手には小遣いや土産を渡すなどタニマチ的な存在で、試合に勝った選手がリングサイドにいる百瀬に挨拶へ向うのはPRIDEの名物ともなっていた。

それまで協力関係にあったPRIDE、K-1、猪木が2003年年末に分裂し、アントニオ猪木がPRIDEを離れた後は、百瀬もPRIDEから姿を消した。その後は、K-1がPRIDEに対抗する形で立ち上げた総合格闘技イベントHERO'Sで格闘家高谷裕之を応援する姿が見られた。


  


今日のプロレス 興行日程
[すべて見る]
お近くの人は是非見に行きましょう!
団体 会場  
ノア
静岡・キラメッセぬまづ

高山善廣、佐野巧真、KENTA vs モハメドヨネ、金丸義信、平柳玄藩
杉浦貴、谷口周平 vs 潮崎豪、鈴木鼓太郎
秋山準、齋藤彰俊、青木篤志 vs 佐々木健介、中嶋勝彦、起田高志
森嶋猛、井上雅央 vs バイソン・スミス、エディ・エドワーズ
丸藤正道、ボビー・フィッシュ vs 石森太二、リッキー・マルビン

19:00
大阪プロ 大阪ミナミ・ムーブ・オン・アリーナ 13:00
沖縄プロ 沖縄・デルフィンアリーナ国際通り 20:00
ハッスル
ハッスルマンズワールド #4
東京・新木場1st RING

ハッスルマンズワールドvsスーパー宇宙パワー!
坂田“ハッスル”亘 vs 木村浩一郎

ジェッツ・トゥ・ザ・フューチャー
若鷹ジェッツ信介、小笠原和彦 vs 越中詩郎、藤田ミノル

@UEXILEvs世界の強豪シリーズ8:3WAYマッチ
@UEXILE vs 世界の強豪1 vs 世界の強豪2

シンパシーズ・スペシャル
旭志織 vs 澤宗紀

オープニングハッスルマンズ
佐藤悠己、ニセHG vs 矢野啓太、ニセ℃

19:30




試合結果
1/26
nikkansports.comより

◆新日本
タイガーマスク、永田裕志、○天山広吉[13分36秒 反則]石井智宏、×飯塚高史、中邑真輔
田口隆祐、デヴィット、○真壁刀義[12分46秒 片エビ固め]×タイチ、NOSAWA論外、小島聡
ストロングマン、中西学、○棚橋弘至[16分27秒 片エビ固め]×タマ・トンガ、アンダーソン、バーナード

◆ドラゴンゲート
○しゃちほこマシーン[9分37秒 体固め]×ジャクソン・フロリダ
○サイバー・コング[10分39秒 片エビ固め]×苫小牧卓也
シーサーBOY、○スペル・シーサー[9分55秒 アレハンドロック]דハリウッド”ストーカー市川、KAGETORA

◆大阪プロ(1部)
○タダスケ[8分16秒 アイスキューブ]×タコヤキーダー
○原田大輔[7分12秒 片山原爆固め]×HAYATA
▽3WAYマッチ
○ビリーケン・キッド[15分15秒 片エビ固め]×えべっさん
※もう一人は松山勘十郎

◆大阪プロ(2部)
タイガースマスク、タダスケ、○華名[21分49秒 原爆固め]×松山勘十郎、えべっさん、アップルみゆき
○南条隼人[19分23秒 リングアウト]×TAKAみちのく
○ミラクルマン、えべっさん[5分17秒 片エビ固め]×タイガースマスク、松山勘十郎

◆アイスリボン
○さくらえみ[7分55秒 エビ固め]×飯田美花
○真琴[7分5秒 ブラジャーはぎ取り]×中沢マイケル
藤本つかさ、○志田光[14分22秒 片エビ固め]×松本都、米山香織


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